第307話 数日後・・・

やっとアマロックの唇が離れた。


アマリリスは少し苦しくなった息を整えながら、金色の瞳を見上げていた。

その視線が、若干焦点が定まらずにトロンとして、頬が少し赤くなっているのが自分でも分かる。


アマロックは最近、よくこうやってキスしてくる。

トネリコの木の下、海岸、森の中。

今日は顔を合わすなり、野ブドウのつまみ食いでもするような気楽さで、

そのくせ頭の芯が痺れるような、甘く優しいキスをされた。


アマリリスはおとなしくそれを受け入れていたし、実のところ、優しく髪を撫でてもらい、うなじに添えた手に引き寄せられる感触を、心待ちにしてもいた。


その一方で、

甘く激しいキスであればあるほど、息苦しさが募るように、

アマロックに近づくほど大きくなる、もどかしい思いがあった。


「ファーベルはいいなぁ。」


「何が。」


アマロックが不思議そうに聞き返した。


「アマロックに大事にしてもらえて。

あたしだけだったら、絶対あんな風に守ったりしてくれなかったでしょ。」


「まぁそうだろうなぁ。」


あっけらかんとした答えに、アマリリスは少しイラッとした。

キスはするくせに、男を見せる気はゼロかよ。

しかも、それを隠そうともしないって。


「・・・あたしも、ファーベルみたいなカワイイ系に生まれたかった。

誰でも、絶対守ってあげたい、って思うような。」


持って生まれた資質に不自由するということのなかったアマリリスとしては、そんな風に人を羨むのは屈辱的だったが、どこかすがすがしくもあった。


「っていうか、キャラ変えよっかな。

”あたしのことも、大事にしてよぅ、アマロックお兄ちゃん!”

どぉ? 」


ファーベルを真似て、普段よりも半オクターブくらい高い声で喋ってみた。


「やめとけば。

似合わないと思うよ。」


感想を求められたので率直に回答してみた、という雰囲気のドライな口調に、とうとうアマリリスの怒りが爆発した。

せめて、ファーベルはそんな言い方しないからw、って言ってほしかった。

わめき散らそうとした時、思いがけない言葉に遮られた。


「いつもの声のほうがかわいい。

そそられる。」


「。。。そそられるは、余計だ。」


それだけ答えて黙ってしまった。



アマロックの手が伸びてきて、優しく彼女の手をとった。

引き寄せられるまま、アマリリスはアマロックの膝に腰かけた。

二人はしばらく無言で、アマリリスは周囲で鳴き交わすウミネコの声、眼下の崖に砕ける波の音に耳を傾けていた。


「ごめんね。。。ファーベルを危ない目にあわせて。」


一転、いつもより低い声で呟くように言って、アマリリスは勇気を出して顔を上げた。

そしてどこかでゾッとなった。


こういう雰囲気、例えば普段穏和な人が急に怒ったり、勝ち気な女の子が急に落ち込んだり、

そういうとき、心に血の通う人間なら何かしらある動揺、感情の共振のようなものが、アマロックの金色の瞳からは一切感じられない。

そのことから来る違和感だった。


アマリリスは吸い込まれそうな思いで、燐火のような光を湛えた金色の目を見つめ、

これが魔族なのだと、人間と決して心を通い合わせることのない獣と言われている意味を理解した。

そして、急に心が軽く、無限の天空に溶けて消えてしまったように感じた。


「あなたのことを知りたくて、、

あなたの、心に触れたくて。。。

自分を抑えることができなかった。


でもそのせいであなたの大事な人を危ない目にあわせて、すごく反省してる。」


「気にすることはない

惜しかったね」


惜しかった?


意味の通らない言葉を、アマリリスはどこか遠くに聞いていた。

背中に回されたアマロックの手が、アマリリスの髪を撫で、そのしぐさに導かれるように、アマリリスはアマロックの肩に体を預けた。


「いつ出発するの?」


化け物騒動が片付いて、やおら現実味を帯びてきた別離、

オシヨロフの群の、夏のワタリのことだった。


「こんどアカシカの群れが回ってきたあと。

か、その次くらいかな。」


「しばらく来ないといいなぁ。」

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