第301話 ひとりぼっちの黒うさぎ
そのときファーベルは、次第に増してくる足指の痛みを紛らわそうと躍起になって、かえってその痛みに集中する結果となっていた。
道なき原始林を突き進むアマリリスのバイタリティは驚異的で、体格で劣るファーベルには、ついて行くだけでも必死だった。
もう日が暮れちゃう。。。でもアマリリスは帰るつもり全然なさそうだし。
私たちも野宿することになるのかしら。
心根は強くひたむきで、決して泣き言や愚痴は言わないファーベルだったが、物理的な苦痛や、本能から発する類の不安といったそのものに対しては、耐性がないぶん実は弱い。
それらが直にのしかかったファーベルの心は、今自分たちを取り巻くこの森の本当の危険に対して無防備になっていた。
血まめ以上に意識を集中できるものを探してさまよっていたファーベルの視線が、
キンバイソウやイワブキといった下草の上に葉を拡げたウバユリの、疎らな茂みの中で動くものに止まった。
うさぎかしら、と思った。
背を丸めてひょこひょこ歩く仕草や、何より頭から斜め後方にのびた二つの突起が、うさぎの耳を連想させたためだった。
黒いうさぎ。
泣き腫らした目はやっぱり赤いのかしら。。。
まだ十分に光はある時間だったが、その黒い生物は、そこにだけ闇が集まったみたいに、質感や距離がつかめなかった。
そして赤にせよ黒にせよ、目があるはずの場所には何も見分けられず、
周囲のウバユリの、大きなものでは2メートルに達する花茎と対比した時の遠近感の狂いが、じわじわとした違和感となって胸の中に広がっていった。
黒い生き物が体を起こした。
もはやうさぎには見えようもない長い吻からは、細長い尖った牙が突き出し、手指には黄色い長い鉤爪を生やしている。
後肢で立ち上がったその姿は、どす黒く変色し腐汁にまみれた生ける屍のような、
ファーベルが想像しうる限りのおぞましい姿の怪物だった。
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