第298話 いつもこんなだったろうか

オシヨロフから幻力マーヤーの森へと続く、海に面した崖から見下ろすと、

灰色の海面低く、ピリカやウミスズメたちが黒い粒子となって舞い、やけにうるさく啼き交わしていた。


その一方で、森の中に踏み入れれば、木々の間をすり抜ける風のほか、一切の音が死んでしまったかのようだった。

幾重にも天を覆う叢雲が、ゆっくりと山から海の方へ流れてゆく。

いつも、こんなに・・・


「、」


「えっ何っ!?」


何か話しはじめた気配にすかさず反応して、アマリリスはヘリアンサスを問い詰めた。


「・・・いや、雨降りそうかな?

って。。」


心底どうでもいい用件に、アマリリスは露骨に舌打ちをした。


臨海実験所でののんびりアンニュイな感じとは打って変わって、ピリピリした雰囲気のアマリリスに、後からついて行く二人は声を落とした。

知らなかった、幻力マーヤーの森に来るとアマリリスは豹変するんだね。っていうか何か憑いているんじゃ。。



だが二人は知らなかったのだ。

今日のアマリリスが、普通ではないことを。

正確には、今日の森が、彼女にとって普通ではなかった。


いつもこんなだったろうか?


枝葉の繁りはいつもこんな鬱蒼と、黒々とした影を落としていただろうか。

ダケカンバの幹はこんな不気味に白く捻くれていただろうか。


木々の間にのぞく空は、いつもこんなにおどろおどろしい色をしていただろうか。

梢を吹き抜ける風は、こんなにざわざわ木々を揺らしていたろうか


何もかも分からなくなって、アマリリスは自分の心の有りようまで見失ってしまった。

背後でヘリアンサスとファーベルのぼそぼそ話す声が、耳鳴りのようにつきまとった。


「しまったなぁ。傘持ってくりゃよかった。」


「カサ。。。」


「え?」


「うーん、あったかなぁ、ウチに。」


・・・・・・・・・・・・


「怖くない?ファーベル。

ホント帰っても大丈夫だよ、姉ちゃんは僕が見とくから」


「ううん。。。だいじょぶ」


ファーベルのその言葉の響きだけ、やけにアマリリスの耳に残った。



沈黙の森に突如、けたたましい吼え声が響いた。


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