第295話 青いイルカの島
クリプトメリアが森に入って二晩。
これといった進展はなく、時間の進みの遅さに絶望したアマリリスは、寝床(例の、ペチカの上の”巣”)に引きこもって悶々と過ごしていた。
階下ではヘリアンサスとファーベルが、例によってお勉強に
何てクソ真面目な子たちだろう。
よくまぁ、発狂もせず。
呆れるのを通り越し、一回りして素直に感心していた。
それにしても、、何て言うか、もうちょっとどうにかならないんだろうか、
我が弟は。
「えーっと、”男たちの消えたがゆえに、そりゃ女が大変で、働く訳じゃん、、、”
”マジ、男が魚だったワケで、どっちかっつーと、前から、”
”ゆえに、私たちはよく、肥えていたので、ある!”」
「う~~ん、30点です!
どうやったらそんな訳わかんないラフレシア語が出来上がるのよ。」
「うん、オレも3%ぐらいしか分かんない。」
ちょうどこの時代の頃まで、ラフレシアでは、話し言葉でかかれた口語体の文書と、
従来からの文語体の文書とが混在していた。
以前よりもずいぶんラフレシア語が上達し、平易な口語文章はスラスラ読めるようになったヘリアンサスだったが、読解を要する文語文はまだ苦手だった。
だが、30点の拙訳でも、弟の朗読から、アマリリスは物語の大枠を汲み取ることが出来た。
「”男がみんな死んでしまって、女が漁をせざるをえなかった。
女がとてもよく働いて、だから実際は男が漁をしていた頃よりもむしろ暮らしぶりが良くなった”、
ってことを言ってるのよ、ヘリアン。」
二人が一斉にペチカの上を見上げた。
「すっごーいアマリリス、今ので分かるなんて。」
「マジっすか。女やるじゃん!」
「どうだか。
何十年後だっけ、その女の子が島から出たら、もう誰も言葉が通じなかったんでしょ。
そんなことが分かったはずがないのにね。」
ヘリアンサスとファーベルは顔を見合わせた。
「アマリリスはこのお話知ってるの?」
「少しね。
あなたの国の教示の書に載ってるはずよ、ファーベル。」
それはこのような物語だった。
かつて、外洋の孤島に暮らす部族があった。
そこに一人の少女がいた。
ある日、島に余所者がやってきて、部族との間で紛争になり、島の男はほとんどが殺されてしまう。
残された女子供たちと老人は失意の中、何とか暮らしていたが、(ファーベルとヘリアンサスはこの辺りを読んでいるのだった)
やがて、彼らに援助を申し出た舶来人の船に乗り、島を去る決断をする。
ところが、手違いで少女と弟が島に取り残されてしまう。
「それから何十年か経って、――だから少女ももうオバサンよね。
島にたった一人で暮らしてたオバサンが、外の世界に出てみたら、彼女の部族はとっくに死に絶えていて、オバサンの言葉を分かる人は誰もいなかったんだって。」
「・・・オバサンはどうやって島から出たの?」
「さぁ、どうだったけなー。
助けがくるのか、自分で船作るんだったか。」
「オバサンすげぇ!」
「たったひとり、って、弟は?」
「すぐに死ぬよ。確か、犬に食われて」
「ヒドい!! ウソでしょ!?」
「・・・じゃ、違ったかな。」
”青いイルカの島”として知られるこの説話は、ティエラ金星派正流の経典、”原書教示”の一編である。
同じ金星派でも、原書成立前に分離した宗派、例えばウィスタリア使徒教会の教示の書には収録されていないことから、
金星派の信仰がボレアシアに伝来し、その教義が”原書”として厳密に定められるまでの比較的短い期間に成立した、おそらくは実話を
ヘリアンサスとファーベルはぽかんとしていた。
「・・・教示の書って、国によって違うの?」
「そうよ。
言葉が違えば、神様も違うことを言うものよ。」
「じゃ、やっぱりあの人お坊さんだったのかな、だから教示のお話をくれたのかも。」
「誰が何て?」
ヘリアンサスはこの冊子を入手した経緯を簡単に話した。
「何つうか、仮面ブラザーズ連れてて、
ふらっと通りかかったんですが的な感じのおじ様?」
「何それ。
あんまり変な人から物もらうんじゃないわよ。」
「アマリリスは、どうしてこのお話のこと知ってたの?」
「ん?
お父さんが教えてくれたわ。」
それっきり、階下の二人は話しかけてこなくなった。
アマリリスはため息とともに、自分の『巣』の中で寝返りを打った。
毛布代わりに掛けていたオオカミの毛皮を抱きしめたような格好になった。
もしずっとこのまま、この狭苦しい建物に閉じこめられていたら、
あたしもあの少女のように、自分の思いを言葉にすることも出来ないまま、オバサンになり、死んでいくんだろうか。。。。
そんなのは、イヤだ!
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