第288話 お国は天上界でしょう?
それは、各種の漁具や、手斧の頭、ゴム長靴といった、辺境の生活者向けの日用の道具と、
鹿の角や、セイウチの牙、山の民の交易品らしい、彼らの伝統の装飾を施した装身具など、内地からの来訪者目当ての土産物を、
分別もなくごっちゃにして売っている店だった。
その軒先に、丁寧に整えられた毛皮がいくつか並んでいた。
ラッコ、クロテンといった高価な品物がのれんのように吊るされ、その奥になってよく見えないが、陳列台の上にも毛皮らしきものが平積みにされている。
そっとかき分けて奥にはいると、アカシカの巨大な一枚皮の上に広げられたそれは、
にぶい光沢を帯びた毛並みに、ぴんと立った耳、ふさふさした大きな尾、やはりオオカミの毛皮だった。
店の奥にいた主人がアマリリスを見つけ、愛想笑いを浮かべて近づいてきた。
「これはこれは、世にも美しいお客様のお越しだ。
天女様が現れたかと思いましたよ。
外国の方ですかな?
当てましょうか、お国は天上界でしょう?」
感じはいいが、冗談がつまらなすぎる。
ガン無視してオオカミの毛皮を撫でていると、主人は商品とアマリリスの顔をきょろきょろ見比べながら言った。
「山の民が持ってきた、この冬獲れた雌オオカミですよ。
高地の亜種だから、毛並みがきれいでしょう。
いかがですか、お安くしておきますよ。」
たしかに美しい毛皮だった。
表面の固い毛は銀色の光沢を放ち、その下の密度の濃い柔毛は、絹のような手触りだった。
「欲しい?」
いつの間にか側に立っていたアマロックが尋ねた。
アマリリスがオオカミの毛皮を欲しがる理由などどこにもない筈だった。
しかし、視線は銀色の鈍い光に吸い寄せられ、毛並の間からなかなか指が離れなかった。
「買ってあげるよ。
幾らだ。」
はっと我に返った。
「え?
アマロックが??」
「ありがとうございます、70ビフロストでいかがでしょうか。」
貝殻のコインでも出すのかと思ったら、意外にも、その手の中から一枚の100ビフロスト札が出てきた。
虹の七色の地紋に、ラフレシア皇帝の獅子の紋章。
穴の空くほど見詰めたが、まやかしには見えない。
アマロックの手から受け取った毛皮は思ったより大きく、
前肢を持って背負うと、尻尾が地面に引きずった。
あまりロマンチックな品物とは言い難いが、初めてのプレゼントに、アマリリスの心ははずんだ。
「ねえ、どう?」
オオカミの頭の皮をフードのようにかぶって、アマロックをふりかえった。
「よく似合ってるよ。今は、よっぽど君の方が魔族に見える。」
「ありがとう、アマロック。」
少し背伸びして、アマロックの頬にキスした。
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