第280話 想い馳せる闇の彼方#1

一階でも二階でもない石の塊の上で、アマリリスは灯りが消えた天井を仰向けに見上げていた。

さっきまでは上階からヘリアンサスとファーベルのぼそぼそ話す声や、時折忍び笑いが聞こえていたが、もう寝てしまったようだ。


実験棟からは、今夜はガラス玉オルガンの音は聞こえない。

クリプトメリアは、彼の生活習慣からいってまだまだ仕事をしているはずの時間だが、今日は書き物か、何かの解剖でもやってるんだろうか。

行ってみようかと思ったが、わざわざ出向いていって話すような用件もなかった。


寝返りを打って、静まりかえった暗い室内を眺めた。

こうしていると、自分の他には誰もいなくなって、火も消えたこの大きな建物にただ独り横たわっているように思えてくる。



最近はペチカに火を入れることもほとんどなくなった。

それ以前にとっくに、ペチカの上の寝床は引き払われて二階の寝室へ戻っていたのだが、

アマリリスは最近、ベッドに入ると足先がやけにポカポカ火照り、そのうえ体温の高い子ども二人と密着していると余計に寝苦しくてならなかった。


寝室は4つもあるのだから、別の部屋で寝ても良かったのだが、それも何だか二人とたもとを分かつようで気がとがめた。

それに、実態はともかく年齢だけを見れば、全くの子どもとばかりも言えない男女の組み合わせを、二人だけで同じベッドに寝させていいのかという迷いもあった。

そこで、結果的には何も変わらないのだが、別の寝室のようであってそうではない、寝室ですらない位置に寝床を構えることで、彼女なりの配慮を示したのだった。


ちなみにヘリアンサスは心底呆れきって、そんなに自分の的なものが好きなら、物も言えない動物になる日も遠くないね、今の内に言い残すことは?

なんて言いやがって、別に何も気を使うことはなかったんじゃないかとバカらしく思えるが、まあ、岩のベッドもこれはこれで悪くなかった。


冬場に断熱とクッションのために敷いていたマットレスはどけてしまい、布一枚敷いた上に寝ていた。

太古の噴火で降り積もった灰が固まってできた岩は、思ったほど固く感じず、暑からず冷たからずで心地いい。


もう一度寝返りを打った。

掛けている毛布は何だか体のまわりに巻きつけたような格好になった。


踊り場の窓から見える外は一面の闇だった。

同じ暗がりでも、臨海実験所の中より、今ではこちらの異界の闇の方が好きだった。

この暗闇のどこかに、アマロックがいる。

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