第278話 獣の血脈#1

船が港についた。


人間たちに関する思索を終了させ、魔族は船を下りた。

そして臨海実験所には向かわず、また、台地の上の林に隠れているアマリリスにも目を向けず、トネリコの木の方へ歩いていった。


なぜ隠れているのか?

それについては、関心がないわけではなかったが、あえて注意を向けなかった。


何かを信頼するということをしない魔族は、知覚した事象の解釈にあらゆる可能性を排除しない。

その奇妙な振るまいの背後に、彼の関心を引くような事情、例えば、アマリリスが彼の敵となる魔族や人間と通じているという可能性も、考えられないではなかったが、

今あそこまで登っていって詰問するのも、それによって彼女を警戒させてしまうのも、結果として得られる利益の期待値を勘案すると、あまり賢い判断とは言えなかった。

そんな筋の悪い詮索に労力を費やすよりも、もっと効率の良い振るまい方があった。

アマリリスの行動そのものに問うのだ。


アマリリスは自分の存在に気づかれていないと思っている。

ならばそう思わせておけばよい。

アマリリスが本当に、彼の大きな利害に関わるような目論見を潜めているなら、それはほぼ確実に、再度の不審行動となって現れてくるに違いなかった。


人間世界でも、重大事故には必ず前兆が、それも複数回に渡って事故の発生を予告する前兆があると言われている。

同様の経験則が、異界に生きる魔族や獣に、彼らの身体を巡る血脈とともに根づいていた。


危機の兆候に注意を怠らず、確実に捕捉しさえすれば、危機そのものの顕在化以前に、安全に危機を回避する事は可能である。

一方、危機の兆候を見落とし、適切な対応を怠れば、自己の喪失も含む、大きな損害を被ることになる。


だからどんな小さな危機の兆候も見逃さないために、彼らは非常に注意深く鋭敏である。

人間の心など、魔族や獣は少しも理解しはしなかったが、あらゆる知覚を駆使して行動を読むということに関しては、人間より遙かに優れていた。



このままアマリリスの行動に何も手を加えずに観察を続け、今回と関連してよからぬ企みを示唆する動きが見られるなら、その時に手を打てばいい。

それがないなら、単に不可解と言うだけの、取るに足らない事案だということだ。


ちなみにアマリリスには、以前からこういった不可解な行動が断続的に、実に多く見られたが、いずれも関連性の見いだせない、単発の不審行動でしかなかった。

きっと少し頭がおかしくて、不具合動作が多いのだろう。


アマロックに誤算があったとすれば、当のアマリリス自身に、アマロックから隠れたという自覚がないことだった。

しかし仮に知ったところで、何の興味も示さなかったに違いない。

魔族から見て、程度の差はあれ人間は不合理な行動の集積であり、その意味ではアマリリスに限らず、頭脳不具合の集団とも受け取れたからである。

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