第277話 信賞必罰の教え#2

今や年少の二人が協力しあいながら、トワトワト臨海実験所の生活面を切り盛りしていた。

日用の薪集め他いくつかの野良仕事が、ヘリアンサスの決まった仕事だった。


岬の外側の海岸を歩くと、臨海実験所の消費量の換算で、何年分もありそうな流木がごろごろしている。

それを拾い集めて、あるいは適当な大きさに斧で砕いて手押し車に積み上げ、牛の背のようなオシヨロフの高台を越えて臨海実験所に戻るのだ。

重労働といえば重労働だが、大したことではない。

農村育ちの少年には、斧を振り回し、重い車を押して汗をかく運動も、むしろ心地よかった。


けれど臨海実験所に帰ると、その間、ヘリアンサスよりも遙かに多くの、煩わしく神経を使う仕事をこなしていたファーベルは、

いつも感謝の言葉を忘れず、忙しい夕時でも、外から帰ったヘリアンサスのために温かいチャイを淹れてくれる。


心から人を思いやり、見返りも、感謝すら期待せず、ただただ相手のためになることを喜ぶ、

一体どうしたら、こんな天使のような心が育つのだろう。

彼や姉を育てた故郷の村には、とても想像することが出来ない。


ウィスタリア人は意欲旺盛で狡猾、アムスデンジュン人は純朴で粗暴、と言われ、実際はどちらも五十歩百歩で、お互い軽蔑しながらあてにし合って生きている。

そんなムジナの巣のような浅ましさとは、まるで無縁だ。


そしてこんな可愛らしく心も清らかな天使が、あの酔っぱらった熊みたいなクリプトメリア博士の娘だというのが、何とも信じがたい。

きっとファーベルのお母さんが、よほど綺麗な人だったに違いない。

心も、容姿も。

クリプトメリアに悪いと思う心など片鱗もなく、ヘリアンサスはそう決めつけていた。


ファーベルのお母さんはどうしたのだろう。

すでに存命でないか、完全に交流が途絶えているのは確かだったから、これまで時折気になりつつも、そこに触れることはしなかったが、、


アマリリスとは違って思いやり深く真面目、一方で、ある意味アマリリス以上に鈍感力に長けた少年は、

自分で経験のない母というものについて、全くなんのイメージも想い入れも持ち合わせておらず、

ファーベルに信賞必罰の教えを伝授したのもお母さんなのだろうか、などと的外れなことを考えていた。

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