第276話 信賞必罰の教え#1

ヘリアンサスはヘリアンサスで、なんのてらいも屈託もなく、出会った当初からファーベルのことは大好きだった。


絶海の孤島に等しいこの場所(実際、幾何学的トポロジカルには陸続きの半島でありながら、トワトワトに言及するとき、ラフレシア語の”孤立した場所”に用いる前置詞が使われた)にあって、

彼の相手をしてくれるただ一人の相手が、こんなかわいらしい女の子なのだから、むしろ必然のことだったろう。


白い華奢な首筋にかかる、やわらかな髪は、いつも濡れているかのようなつややかな漆黒で、切れ長の目も黒曜石のような黒。

薄絹に包まれた林檎のような頬はふっくらして、笑ったときのえくぼがよく似合う。

同じく容姿の魅力ではあっても、アマリリスとはまるで違った方向性の魅力だった。


美人が多いと言われるウィスタリアでも、ひときわ目を引くほどの美少女だったアマリリスが、南洋のぱっと目につく艶やかな花だとすれば、

ファーベルは青草の間にけなげに咲くすみれの花とでも言おうか、

目立たない小さな花なのに、気になっていつもそこに目がいってしまう、ヘリアンサスにとってはそんな存在だった。


しかもアマリリスとは違って、ファーベルは容姿だけではなく、性格もいい。

心やさしく、しっかりしていて、ユーモアがあり、何より愛に溢れている。

もし、心の美人コンテストなんてものがあったら、これまでにヘリアンサスが出会った人たちの中で、ファーベルが断トツの一位だ。

#ちなみに二位以降は、今は亡きヒルプシムがかなり上位につける一方、アマリリスは、ビリではないものの相当に下位。


本当にファーベルの出来たところには頭が下がる。

魔族の森に出かけたきり何日も帰ってこない不良娘や、

徹夜で実験をしていたかと思うと、一日中寝ているようなだらしのない中年に思いやり深い言葉をかけ、

彼らが非常識な時間に食事を無心しても、嫌な顔一つせず対応してくれる。


必要に応じて苦言を呈する時――例えばクリプトメリアが、町で買い込んだウォトカでついつい飲み明かしてしまったような時も、笑顔とユーモアを絶やすことなく、やんわりと指導を与え、

それ以上の厳しい制裁が必要なとき――同じくクリプトメリアが、煙草の不始末からボヤを出したような時。他には、去年の秋、アマリリスが怒鳴られてたのが典型例。

普段の朗らかさからは想像もつかない手厳しさで叱責を加えるのだが、あくまで相手の落ち度を自覚させるためであって、決してファーベル自身の不快だとか、苛立ちを見せることがない。

その証拠に、クリプトメリアやアマリリスを叱っている最中であっても、ヘリアンサスに対してはいつもと変わらず優しく思いやり深い。


アマリリスのことで初めて《鬼のファーベル》を見た時には、圧倒的な迫力と同時に、あまりのギャップに違和感も感じたものだが、

やはり鬼モードは彼女のキャラでないというか、ファーベルの主たる人格からは意識的に跳躍した特殊なモードのようだ。


誰かが悪いことをしたら、それは曖昧にせず、厳しく指摘し是正させなければならない。

躊躇して何も言わないのは、その過ち自体よりももっと良くないことだ。

そういう教育をどこかで受けてきたようだ。

#信賞必罰というやつだ。ちょっと違うか。

そしてそれを教えたのがクリプトメリアでないことも明白だった。


叱咤するファーベルは決して鬼などではなく、重責に青ざめ、緊張に声は震えている。

本当はそんなことはしたくないのに、必要なことだから自らそのイヤな役割を果たしているのだ。

何ていじらしい。


アマリリスはバカだから、外見や喋りかたとか、そんなことだけ見て萌え系とかロリとか言ってるが、全く何もわかってない。

それでまた性懲りもなく無断外泊とかしてばかりなんだから、いっそ本当に魔族に嫁入りでもしちゃえばいいんだ。

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