第272話 投げっぱなし

時を遡ること1時間。


クリプトメリアは片膝をつき、目の前に散乱する腐敗した肉塊をしげしげと眺めていた。

死後、3、4日だろうか。

無数にうじがたかり、鼻と口をおおうスカーフを通しても、吐き気をもよおすような悪臭が漂ってくる。

それがもとは人間の肉体であったと考えるのが憂鬱なほど、むごたらしく引きちぎられ、周囲に投げ散らかされていた。


山側の茂みからアマロックが現れた。


「おう、何か臭うと思ったら」


人間よりも遙かに鋭敏な嗅覚を持つはずだが、魔族は平然とした顔で無惨な死体を見下ろした。


ここは、アマロックのなわばりの、北の外れにあたる。

実験に使う腔腸動物を採りに、久しぶりに船を出したクリプトメリアは、海岸線から少し上がった森の中で騒ぎ立てるワタリガラスを見掛け、船首を向けた。


ここから北は、数キロメートルの共存圏を挟んで、隣の群れのなわばりが広がっている。

そちらには女の人狼がいて、過去になんどか獲物をめぐるいざこざがあったものの、その後の関係は安定している。


緩衝地帯を縫うように移動する独り者のオオカミもいるが、 群れのオオカミでも、滅多に人間を襲ったりはしない。

ヒグマも考えられなくはないが、クマに襲われた死体はあまりこうはならない。

骨に達するまでずたずたに切り裂かれた傷は、どちらかというと魔族のやり方だ。


「念のために聞くが、おまえじゃないんだよな?」


「おれだったら、こんなところに投げっぱなしにはしないなぁ」


「だよな。。。」


クリプトメリアは深刻な顔になった。

ピンセットと、ホルマリンの入った小瓶を取り出し、死体の傷口から肉片を幾つかつまみ上げた。


その作業が終わると、クリプトメリアは膝に横たえていたショットガンの安全装置をかけ、立ち上がった。


「俺は帰るが、おまえどうする。」


「そうだな、便乗させてもらおうか」

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