第271話 もてあましつつも

こんな調子で、アマリリスは生まれて初めて自分に宿ったのその感情を、明らかにもてあましていた。

それは単に気分の揺れ動きというだけでなく、手に触れられそうな質感をともなった想いの塊りであり、もはや彼女の心そのものと不可分に混淆こんこうした一部でもあった。


アマリリスはどうにかそれを言葉や形で表したい一方、おそろしくもあった。

人の心にこんなに強く鮮やかで、自分でも手に負えない想いが生まれ得ることが大きな驚きで、脅威ですらあったのである。


しかし、おそれ、もてあましつつも、少しもそれを手放したいとは思わなかった。

自分の心を放棄するなど、仮にそう望んだところで出来はしないという当然の理屈は別にしても、それがアマリリスにとって大きな喜びだったからだ。


アマロックを想う気持ち、アマロックのことを考えるだけで胸にあふれる喜びは、滑りはじめたらどんどん大きくなって手のつけられない雪崩なだれのように、

これまでの人生で想像してもみなかった幸福でアマリリスの心を震わせた。


さっきも、湖から流れ出る沢沿いでオオカミの足跡を見つけ、ひょっとしたらアマロックかも、という一心で後を辿って、サンスポットを見つけたのだ。

本当は途中から、これはどうもアマロックではなさそうだ、と気づいていたし、

よしんばオオカミのアマロックに会ったところでどうするんだろ、会話も出来ないし、とも思う。


けれどそれでもよかった。

アマリリスはアマロックに対して何かを期待しているわけではなかった。

アマロックの側にいられることそのもの、

アマロックに近づいているかも知れないという期待、

アマロックに会いたくて森を歩いているのだという感覚だけでも、じゅうぶん幸せだったのである。


だから、木々の梢の向こうに見え始めた臨海実験所の船着き場に、アマロックの姿を見たアマリリスは、それだけで満足して、ことさら足を速めようとはしなかった。

今入港したばかりのクリプトメリアの船に乗ってきたようだ。

珍しい、二人でどこに行ってきたんだろ。


船から降りると、アマロックは臨海実験所には向かわず、イルメンスルトネリコの方へ歩き去っていく。

どうしよう、今追いかければ追いつきそうだけど。。。

いつの間にか、サンスポットは姿を消していた。

アマリリスは足を早めるどころか、立ち止まって考え込んでしまった。


・・・こっちを見た? ううん、まさかね。

意識しすぎ。


いいや、きっとまた明日会える。

ばいばい、アマロック。



アマリリスはどうにかして自分の気持ちを言い表したいと切望していたが、同時に、それだけは無理と、考えるより前に強く確信していた。

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