世界の果てに、あなたを想う。

第268話 あたしは、蝉になりたい

ソファの肘掛けにもたれて頬杖をつき、アマリリスは宙空を見つめていた。

けれど何も見てはいなかった。


そのままぐずぐずと崩れ落ちて、ソファの座面で身を丸めて膝を抱き、人間の胎児か、あるいはある種の昆虫の幼虫のような格好で丸くなった。

もうこのまま、ずっとこうしていたい。

あたしは、蝉になりたい。。。


「はい邪魔はい邪魔、はいはいはいはい。」


ヘリアンサスがほうきを持ってアマリリスを追い立てた。


『ちょっとぉ、あたしクツロいでんだけど💢』


ヘリアンサスが顔を上げ、アマリリスを見つめて短い間があった。

頭をウィスタリア語に切り替える間だった。


ちなみに、"くつろぐ"に該当するウィスタリア語の表現はなく、そこだけ外国ラフレシア語を借用した。

それも余計ヘリアンサスを混乱させたようだ。


『クツロぐしない方がいいよ、おねぇちゃん寝過ぎ。

若いのにボケるよ。』


『ボケねーよ、寝てねーし。』


『ボケ防止には運動がいいんだって。

森行ってきたら?』


険しさのあった眉の辺りの表情に、ふっと戸惑いのような色が通り過ぎた。


『・・・じゃ、行ってくる。』


普通ならああ言えばこう言うアマリリスが、おとなしく自分の指図に従ったことが、ヘリアンサスにはとても奇妙に思えた。

気になって、のろのろ、とも、そそくさ、とも言い表しうる動作で支度して出掛けてゆく姉を、掃き掃除を続けながら玄関先まで見送りにでた。


『そういや来週の水曜にオロクシュマ行くって、博士が言ってた。

たまにはおねぇちゃんも一緒にどう?』


『うーん、考えとく。。。

ってか今日って何曜?』


『金曜。重症だね。』


『だねぇ・・・』


行ってきます、もなく、アマリリスは船着き場を回って木立の中に見えなくなった。


振り返ると、台所で洗い物をしているファーベルと、窓越しに目が合った。

ファーベルはすぐに視線を伏せ、ヘリアンサスは室内の掃き掃除に戻った。


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