第265話 Believe me, if...

"おいで。"


アマロックに両手を取って導かれたアマリリスの体は、彼女がイメージしていた距離を想定外に突き抜けて、アマロックの胸にぴたりと引き寄せられた。

背後で、ファーベルとヘリアンサスがぴくりぴくりと動いたのが分かる。

アマロックはそ知らぬ顔でアマリリスの目を覗き込み、優雅なメロディーの一節を口ずさんだ。


「""汝、我が万朶ばんだ桜花おうかにして、久遠くおんえざる・・・""、知ってる?」


「あ、知ってる。」


アマリリスの瞳が輝いた。


「じゃあ、アインス,ツヴァイ,ドライ・・・」


旋律に合わせて、二人の体が明るい光の下に滑り出た。

柔らかく、朗々とはじまったバリトンの声も、流れるようなステップも、さっきのファーベルとのコミカルな踊りは何だったのと思うほど大人っぽい。


すぐ目の前にアマロックの顔があった。

雪のように白い肌、端正な顔だち、金色の瞳にかかる紫紺の髪。

二人の体が旋回するにつれ、その背後を、陽光を一杯に浴びた入り江の遠景が、悠久の大河の水のように流れていった。


アマリリスは次第にどきどきしてきて、息が苦しかった。


"太った?"


レディーに失礼なことを言うものだと思ったが、なんとなく分かった気がする。

こうしてアマロックにぴったりと密着してみると、接している部分が、これまで自分では意識しなかった丸みを帯びていることに気づいた。


はじめアマロックについて楽しそうに歌っていたのに、途中から黙ってしまった。

目をきらきらさせてアマロックを見上げていた視線は今は伏せてしまっていた。


「ステキな歌ねー、ウットリしちゃった。」


歌が終わり、ファーベルが小さく拍手した。

アマリリスは黙ってアマロックの肩を離れ、ついと顔を背けた。


ファーベルは、この歌詞の意味がよく分からないのだろうと思った。

古いラフレシア語で書かれた歌で、

『御身をば慕いて』『艶に麗し』という調子の歌詞は、ファーベルでなくても、ラフレシア人の大人にだって難しいだろう。


そんな古典詩の意味をなぜ外国人のアマリリスが知っているかというと、

昔、アザレア市のボーイフレンドが彼女のために歌ってくれたからだった。


現代語にすれば、こんな意味らしい。


""君は信じるだろうか。


僕が今日、やさしく愛しく見つめる君

君と共に生きる喜びは

明日にはこの腕をすり抜けてゆくだろう

春の大地に昇るかげろうのように。


けれど僕はここに誓おう。


闇が大地のおもてを覆い

一羽の鳥すら飛ぶことのない、そんな日が来たとしても

僕の記憶には鮮やかに、青葉のもと、春の光の中に立つ君の笑顔があるだろう

とこしえに色褪せぬ、君への愛が燦然さんぜんと輝くだろう。""


その時は、どこかがむず痒くなるような、甘ったるい歌だと思ったぐらいで、そんなに印象深いとも思わなかった。

それが時間と場所を移し、アマロックによって再現されたからといって、、、

なぜ、どうして?あたしがこんな真っ赤にならなければならないの??


そのまま一人で、トネリコの巨木の方に歩いていってしまったアマリリスに、ヘリアンサスとファーベルは顔を見合わせた。


「アマリリス、どうしたんだろうね。泣いてた??」


「・・・昔の、イヤなことでも思い出した、かな?」


ヘリアンサスの読みは鋭いようで的はずれだった。


そちらには目もくれず、アマロックが言った。


「今度は二人で踊ってみな。見ててやるから。」

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