うるわしの饗宴
第262話 海の青はやがて空の青に
冷たい霧雨が何日か続いた後、急に雲が去り、快晴となった。
気温がぐんぐん上がり、あざやかなみどりの森からは湯気の靄が立ちのぼった。
また当分冬の忘れ物のような寒さと、じとじと雨とにつきあわされるのかと、憂鬱な気分になっていたアマリリスは、この意外な展開にすっかり嬉しくなった。
こういう日は、
青空を映す鏡の水面を切って、二人乗りのカヌーが颯爽と進む。
その側舷に別のボートの舳先が衝突し、前席に乗っていたファーベルがきゃっ、と悲鳴を上げた。
「ちょっとヘリアン、邪魔!」
「なに言ってんのさ、おねぇちゃんがぶつかって来たんじゃんか。」
静かな入り江に、姉弟のわめき声と、パドルが水をはねる音がこだまする。
ヘリアンサスは、冬のアザラシ猟でも活躍したカヌーに、ファーベルを乗せ、なかなか巧みに操っている。
クリプトメリアからのごく簡単な手ほどきと、吹雪の合間の孤独な練習によって、彼はこの大型のボートを、パドル一本で操縦する技を身につけたのだ。
決して要領のいい方ではないのだが、彼はこういう、たゆまぬ努力によって、そうありたい自分を手に入れてしまう真面目さがあった。
一方アマリリスは、一人乗りの小型カヌーで、パドルも左右に水掻きがあるタイプ、ずっと操船しやすい筈なのだが、まず真っ直ぐ前に進むことが出来ない。
「アザラシ見にいこ、アザラシ。」
「イルカいるかな。」
ヘリアンサスとファーベルはきゃいきゃい楽しそうにはしゃぎながら、カヌーは兜岩の方へと水を切ってぐんぐん進んでいく。
アマリリスは完全に取り残された。
「・・・まー、いっか。」
ちょっと疲れた。
陽射しも暖かくて、気持ちがいい。
パドルを置いて、船底にごろんと横になった。
青空を見上げていたら、遠い故郷の歌が自然に口をついて出てきた。
『いにしえの松の森が尽きるところ、
海の青はやがて空の青に連なる
白き波頭の彼方、浮ぶは小舟の白帆
浜にひるがえる漁網は高く、波間を縫う鴎は低く・・・』
ぐー。。。
ボートが砂地に乗り上げる軽い衝撃でうたた寝から覚めた。
周囲を見回すと、イルメンスルトネリコから海岸沿いに兜岩へ向かう途中の浜。
寝てる間に流されて、打ち上げられてしまったらしい。
沖というか、湾の中央部の方から声がする。
「カニ取りいこ、カニ。」
「エビエビ。」
ヘリアンサスとファーベルの船が、臨海実験所の方へ戻ってゆく。
「あ゛ーー、、」
日なたで寝ていたせいで、少しのぼせてしまった。
冬から引き続きずっと着ているジャコウウシのセーターを脱ぎながら、軽快に滑るカヌーを目で追った。
こうして見ると、臨海実験所まで結構ある。
この船、見てると簡単そうだけど、結構腕が疲れる。
いいや、後でヘリアンに取りに来てもらおう。
細かな砂利と粗い砂の中間くらいの砂地に片方の舳先を乗り上げてカヌーは停止しているが、周囲は踝より深さのある水。
出来れば、靴は濡らしたくない。
アマリリスは岸側のカヌーの端までおぼつかない足取りで歩いていって、水際までの距離を見積った。
大股で一歩半というところか。
うまく踏み切って、こう、ひらりと飛び越せば。。。
思い描いたイメージで踏み出すタイミングがなかなか掴めず、もたもたしているアマリリスに向かって、差し伸べられた手。
「アマロック!」
「やあ、バーリシュナ」
勢いで舷を蹴って踏み切り、空中でアマロックの手をつかんだ。
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