第261話 宇宙の卵

"あたしたちの場所。

それはすごく遠くて、誰も行ったことのない、世界の外側の場所・・・"


死の間際に、ヒルプシムは言っていた。

そうだ、もう行かなくちゃ。


アマリリスは起きあがった。


そこに桜の世界はもはやなく、漆黒の空の下に、白い砂丘が波のように続いていた。

空には星一つなく、地上には、石英を砕いたような白い砂のほかは何もない、がらんどうの世界だった。


やがて天から、小さな白い卵が降ってきた。

手をさしのべて受け止めると、それはアマリリスの手のひらの少し上の空中に静止した。


白い殻の内部を見通すことは出来ないが、アマリリスには分かっていた。

それは宇宙の卵だった。


アマリリスの片手に収まっててしまうくらいの中に、幾千億の星々と、気の遠くなるような距離と時間、その片隅のどこかの惑星に生きる生き物たちの悲喜こもごもが収められているのだ。

宇宙の終わりが来ると、卵ははじけ、その殻が降り積もって出来たのがこの砂丘なのだろう。

永遠に等しい時間をさらに無数に積み上げて、その世界は出来上がっていた。


ここは確かに誰のものでもなく、人間は誰も訪れたことのない、世界の外側かもしれない。

でも、ずっとここにいても永遠に何も起こらず、宇宙が生まれては消えて行くのを卵の外から眺めているだけだ。

それはちょっと、違う気がする。


卵にじっと目を据え、その内部を思った。

殻の内側には、星雲や銀河を押し包む闇がある。

この世界の空を覆う、澄んだ静穏な闇よりもずっと濃く深い、渦巻く闇だ。

闇の嵐のどこかに、あたしの惑星が漂っているのだ。


手のひらに収まってしまう大きさの宇宙の卵にアマリリスの意識は吸い込まれ、闇の奔流の中へと落下していった。



目を開けると、現実世界ではアマリリスはまだ地面に横たわっていた。

夢の世界との奇妙な相似を感じながら、アマリリスはもう一度起きあがった。


桜は相変わらず日に白く紅く輝いていた。

舞い落ちた花びらに地面が覆われた様子は、確かに死者を覆う白布のような不吉さがあって、その奥に何が潜んでいても不思議ではない気がする。

けれどアマリリスは、切なく悲しい気持ちでそれを眺めていた。


「ごめんね。。。」


小さくそう告げると、アマリリスは桜に背を向けて、今度は振り返ることなく南の森を後にした。

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