第260話 南の森の桜#3

花びらの地面が、小高く盛り上がった塚のような場所に、アマリリスは座っていた。

表面の花びらをそっとかき分けた。


花びらの下から現れたものを、アマリリスはじっと見つめて言った。


「こんな所にいたの。」


それは、アマリリスの兄、ヘリオトロープの顔だった。

石のように青ざめ、瞼も口も固く引き結んでいた。


「起きて、ヘリオット。

目を覚ましてよ。


ね、あたしのお願いなんだから聞いてくれるよね?

お兄ちゃん。」


しかし当然ながら、何の反応も返ってこなかった。


アマリリスはヘリオトロープに接吻しようと身をかがめて途中で躊躇し、

生きていた時もそんなことはしなかったじゃない、と思い直した。


「なんで死んじゃったの?

ねぇ、どうしてなのよ・・・」


冷たい頬や額を撫でながら、問いかけることしか出来なかった。


「ホントは悲しかったんでしょう。

連れ戻したかったんでしょう、奥さん出てっちゃって。

ごめんね。


いいよ、もうウソつかなくていいよ。

、ずっと一緒にいてあげる、よ。」


ヘリオトロープに寄り添うように、アマリリスは横になった。

あたりを掘り返せば、ヒルプシムや、アザレア市のボーイフレンドなんかも埋まっているのかもしれない。

そうしたい気持ちもあったが、やはり片時でも兄のそばを離れるわけにはゆかなかった。


何だかまた眠くなってきた。

それでなくても、絶え間なく舞い落ちて降り積もる花びらによって、アマリリスの視界はみるみる覆われつつあった。

これで目を閉じたら、完全に花びらに閉じこめられたら、もう目覚めることはないのだろうな。

まあ、いいんだけど。


「それでいいの? ねぇ本当にいいの?」


多大な労力を払って少しだけ目を開けると、どうやら、赤いアトリがアマリリスの肩や頭を飛び回りながら、しきりにピイピイ呼びかけているようだった。

何もかもが薄紅色に霞む世界の中で、その小鳥の輪郭は、その血の色彩が暗示する痛みや苦しみの凝集したものに思えた。


「・・・いい。」


「あなたが消えてしまったら、あなたの世界も消えてしまうわ。

それは、あなたがこれまで生きてきた人生も、あなたと一緒に生きてきて、死んでいった人たちの人生も、

全部、最初から無かったことになるということなの。

本当にそれでいいの?」


「い・い。つったよね?

そうだとしても、お兄ちゃんを置いていけない。」


「本当にいいの?

異界の秘密を探しに行くんじゃなかったの?」


それは、、、困る。

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