第259話 南の森の桜#2
「すごい。。。なんて綺麗なの」
一目見た瞬間、何かを考えるよりも早く、頭の中いっぱいになったのがその印象だった。
一呼吸おいて、むくむくと不安が湧き上がってきた。
“南の森で桜が咲いていたら、近づかない方がいい。“
アマロックは言っていた。
明らかに、この木のことだろう。
「やっば、、、近づいちゃった。」
アマリリスは正体不明の昆虫を飲み込んだような顔をした。
トワトワトに来てから、「〜してはならない」と言われたことをして、ろくな目にあったためしがない。
まぁ、こうやって一人で
今ではアマリリスの方が遥かにこの森のことをよく知っていると思えたが、そのファーベルの指示を破っただけで、一年前、あれだけ怖い思いをしたのだ。
森の
だって知らなかったんだもの、こんな所にあるなんて、ここが“南の森”だなんて。。
もう覚えたから、ここには来ないから。
アマリリスは自分に言い訳をしながら、もう一度だけ、白くけぶる花霞をちらっと見上げ、それからくるりと背を向けて歩き出した。
そして、5・6歩あるいた所で、ぴたりと立ち止まった。
彼女の背に、小さな花びらが舞っていた。
やがてアマリリスはゆっくりと振り向いた。
背後から射す日を受けて、桜の木は白く、静かに燃え上がるように見え、その妖しい炎がアマリリスの瞳に映り込んでいた。
自分の手足に見えない糸を結ばれて、誰かに操られているような感じだった。
操られるまま、樹が差し伸べた白い腕のような枝の下、舞い落ちた花びらで地面が見えないほどになっている一帯に、アマリリスは踏み入れていった。
「アマロックもおおげさよねぇ、こんなきれいな花が、なんもアブナいはずないじゃん。」
あたしがそんなことを言うはずがないと、警鐘を鳴らす誰かが確かにあったが、従わなかった。
何だか、まわり中で心地よい音楽が鳴っていて、それにかき消されてしまったみたいだった。
ひらひらと落ちてきた花びらを、手のひらで受け止めた。
ぞっとするような白、血を思わせる赤。
二つの色は、混じり合ってお互いを弱めることなく、この小さな一枚の上に完成している。
アマリリスは無数の一枚のうえに膝をつき、さらに、花びらに覆われた地面そのものを抱きしめようとするかのように、その上に伏した。
アマリリスがふたたび体を起こすと、そこは見渡す限りの桜の園だった。
周囲に繁る、
さらに頭上、木々の樹冠の上にもまた、薄紅色の花の繁りが幾重にも覆って空と雲を成し、
そこから絶え間なく散り落ちる花びらは雪だった。
地面は降り積もった花びらで出来ていた。
世界は一体どこに行ってしまったのだろう?
決まってる、桜の花に覆われて、すっかり埋め尽くされてしまったのだ。
もう、桜の花以外に何も残っていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます