第257話 孤立世界の二人#2

北国の春の宵は、次に続く白夜の季節を予感させるかのように、真っ暗になるまでには意外と時間がかかる。

嵐のせいでもともと空は暗く、実際よりもずっと遅い時間に感じた。


タイミング悪く、発電器の燃料がなくなってしまった。

離れの倉庫に行けば補給出来るのだが、そのためにはどちらかがずぶ濡れにならなければならない。

自分が行ってくると言うファーベルを、アマリリスは引き留めた。

いいよ今夜ぐらい。


ゆっくりと暗くなってゆく居間で、小さなランプと、ペチカの火入れ口からもれる赤い光を頼りに、二人で簡単な夕食をとった。

アマリリスは今日一日の森でのことを話した。

雪はほとんど溶けて、ミズバショウの花が見頃だったこと。

クマの足跡に肝を冷やしたこと。


「そういえばアマリリスって、クマ苦手だよね。」


「え、そう?」


「うん。クマっていうといつもガクブルってる気がする。」


「んー、、


そうかも。確かに苦手。

何て言うのほら、あのリアルに取って食われそうな大きさがねー」


「うん、おっきいよね。」


「あたしマジ、獣に食われて死ぬのだけは勘弁。

ちょ~痛そうじゃん。

生きたままざくざく刻まれてさー、腕とかもげちゃって、、」


「やーん、恐いこと言わないで」


「ごめんごめん。

大丈夫、あたしがぜったい、ファーベルを食わせたりしないから。

あたしの大事なファーベルちゃん。」


室内はいよいよ本格的に暗く、カーペットに座った膝先しか見えない暗がりの奥で、ファーベルがどんな表情をしているのか、アマリリスには分からなかった。


「そう言えば、アマロックが教えてくれたんだ。

何か、南の森?に、キトピロも蕗のとうもいっぱいあるよ、って。

こんどヘリアンと一緒に」


「アマロックが?」


「ん?、、うん。」


「他には、どんなこと話したの?」


アマリリスはファーベルに請われるがまま、森でのアマロックとのことを話して聞かせた。

さらに遡って、冬、吹雪の晩にどんなことがあったかも(但し、どんな格好で雪洞で過ごしたのかまではふれない範囲で)説明することになった。


本当はヘリアンサスのことを話題にしたかった。

ファーベルがヘリアンに対して、異性として何かを意識するとかどうのこうのは、やや早熟にすぎる妄想であるにせよ、

その素地というか、まずはファーベルがヘリアンサスのことをどう思っているのか、聞いてみたかったのだ。


ところがファーベルは、アマリリスがヘリアンサスの話を振ろうとすると、それと張り合うみたいに、

アマロックとのことばかり、どんな話をしたのか、どんな場所に行ったのか、といったようなことをしきりに聞きたがった。

そうすると、無理に話題を変えるのも気が咎めた。


一方でアマリリスは異界ならではのこと、オオカミの群や、竜や人魚や諸々の魔族については伏せて話した。

以前のように、それを自分の秘密にしておきたいという気持ちよりもむしろ、ファーベルにそれを話すことが、何だか躊躇われたのである。

異界は、本来人間が足を踏み入れてはいけない場所、という。

それと同じような意味で、少なくともファーベルは、異界が本当は何であるか(もっともアマリリス自身、そんなことは未だに分からなかったのだが)、知らない方がいいように思えた。


だからアマリリスの話だけ聞くと、アマリリスとアマロックは、何もない空虚なトワトワトの荒野をあてもなく、

時々アマリリスが置いてきぼりにされたり、またくっついたりを繰り返しながら、たださまよっているだけのように聞こえた。


案の定、ファーベルは今一つ腑に落ちないような顔をしていたが、特に何も言わなかった。



場所を寝室に移して、二人の会話は次第に沈まりながら、とりとめもなく続いた。

風は弱まったが、雨があがる気配はなく、雨音は永遠に止むことがないように思われた。


「この大雨で、世界中水浸しになって、、

オシヨロフ残してぜんぶ沈んじゃったら、どうする?」


そんなことは起こらないと、頭では分かっているだろうに、

本当に心配そうに聞いてくる。

さすがは萌えキャラ。


「・・・そうなったら、、」


そうなったら?


「そうなったら、世界中で、、あたしと、ファーベルの二人っきりだね。」


そろそろアマリリスは、眠りに落ちる気配がしていた。

寝しなにファーベルを抱きしめたいと思ったが、さっきのことを思い出して、頬を軽く撫でるだけにしておいた。


「かわいいほっぺ。

マシュマロみたい。」


「ねぇ、アマロックは」


既に夢うつつのアマリリスに、その声は遠くから降ってくるように聞こえた。


「アマロックは、どこに行ったら、って言ってたの?」


「森よ。・・・南の。」


寝返りしながら答えた。


「南の森。」


そう、南の森。



南の、、森。。。。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る