第254話 幻ノ獣#1
アマロックとオオカミたちに会いたくて、ずいぶん歩き回ったのに、なかなか出会えなかった。
つまんない、もう今日は帰ろうか。。。
そう思い始めて何気なく足下に目をやり、アマリリスはぎくりとして立ち止まった。
そこは小川に沿った幅広い谷地で、軟らかな土の上にはあたり一面に、判で押したようなアカシカの蹄の跡があり、
それを横切って、巨大な掌の跡が続いていた。
クマの足跡である。
気づけば、ちょうどアマリリスの右足が、その一つを踏みつけていた。
“でかっ”
アマリリスの足が、詰めれば三つか四つ入ってしまいそうな大きさがあった。
それが、川下から上手の方に、幅広い列をなしている。
悠然とした足運びが目に浮かぶようだった。
注目すべきは、大羆の足跡に沿ってちょこまかと動き回り、足跡の穴にはまって所々よろめいたりしている、ちょうどアマリリスの
仔熊。
サイヤクだ。
この時期、冬眠から醒めて日の浅いクマは、空腹を抱えて気が荒い。
それでなくても子連れの母グマは常に気が荒い。
クリプトメリアはしばらく森に行くことは控えるようにと言い、アマリリスはあれこれ口答えして、その
とはいえ無論、アマリリスだってクマに食われたいわけではない。
周囲に素早く目をやって、クマの足跡とは逆に、川下の方へ歩きはじめた。
黙々と歩きながら、足下の地面を目で追った。
足跡の穴の底で、踏みつけられてクマの足裏の型に窪んだヨモギの若葉は、まだしおれておらず、青々としている。
クマが通ってから、まだ時間が経っていないのだ。
自分ではっきり分かるくらい、鼓動が高まっていた。
大丈夫、こっちに歩いていけば。
足跡はまっすぐ上流に向かっている。
下流に向かって歩けば、出くわす心配はない。。。
足を止めた。
本当に?
上流に向かう足跡があって、戻った跡がないってことは、これから戻ってくるところじゃないの?
上流の方を振り返った。
静かな森に、小川がさらさら流れる音だけが響いていた。
今ごろ母グマはあたしの足跡を見つけ、後をつけてきているかもしれない。
そして今にも、川がカーブして見えなくなっているあそこから姿を現して、、、
確かにそうかもしれないし、当初の読み通りクマはそのまま歩き去り、戻ってこないかもしれない。
両方の可能性から外れるために、この足跡つきの川を離れて別の谷か尾根筋を進むのも一案だが、だからといってクマに遭遇する可能性がなくなるわけではない。
クマはこの川を登り詰めて、別ルートで下ってくるところかもしれないのだ。
そう考えたらこの川を下るのと危険度は変わらない。
いや、このまま下る方が安全なのか?
どの選択が正しいのか、考えたところで分かるわけもないのだが、考えはじめたアマリリスは、動くことが出来なくなってしまった。
すっかり慣れ親しんだようで、森は今なお不意に、初めて足を踏み入れ道に迷ったあの日の恐ろしさと心細さで迫ってくる。
こういうときあたしが恐れているのは、本当にヒグマなのだろうか。
そして果たしてこれは、このドキドキは本当に恐怖なの?
それとも、、、?
知るはずがない獣の姿が脳裏をかすめる。
大きく裂けた口に、ずらりと並ぶ牙、強大な鉤爪と、漆黒の翼。
そして金色の瞳。
それらは、まるで手に触れられそうな鮮明さの一方、部分部分の断片ばかりで、全体の姿は分からない。
その獣が、あたしの、、、
「、
『ひゃん!!!』
呼びかけられたその気配だけで、アマリリスは、
まるで自分の身体が引き千切られでもしたように、悲鳴を上げて飛びあがった。
飛びあがったその後から、やあ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます