第253話 女神の衣装替え
オシヨロフの岬を見下ろす高台まで登ってきて、アマリリスは苔むした大きな岩に腰を下ろした。
赤みがかった灰色の森は、地形の起伏が作る陰影も鮮やかに、入り組んだ海岸線の海へと続いていた。
陽射しはないが雲の合間に青空が広がり、海は深い藍色をたたえている。
思い切り伸びをして、あおむけに寝転んだ。
「しあわ、せ~~。」
至る所にくすんだ雪が残り、木々の芽吹きはまだ先だったが、よく見ればあちこちにフキノトウが顔を出し、さっき通った谷間の湿地には、ミズバショウの花が咲いていた。
仰ぎ見るダケカンバの枝はまだ裸で、冷たい風にびゅうびゅう吹かれて揺れている。
寝ころがったはいいものの、岩は意外とゴツゴツしていて、苔はうっすら湿ってる。
ジャコウ牛のセーターを着ていないとまだ寒さがつらい。
でも全然かまわない、雪や氷じゃないんだもの、もっさい毛皮服はもういらない。
ついに春がやってきたのだ!
どんな気持ちでこの日を思い描いていたか、、、いろいろな思いがあった気がするけど、何だか忘れてしまった。
今は、久し振りに遠い旅行から帰ってきたような、懐かしい気分だった。
地面や、そこを這う木々の根や、さらさらと流れる小川といったものが、おかえりと言ってくれているようだった。
ウィスタリアの民話では、春に野山にあふれる花は、豊穣の女神が春の祝祭、
ウィスタリア人の最大の年中行事である”ヌーシアの山開き”のために仕立てた晴れ着なのだ、ということになっている。
女神は毎年衣装を新しくするので、花々の装いは年毎に色合いも輪郭も少しずつ違う。
なので、季節が繰り返しても、同じ年が二度やってくることはないのだ、と。
――ただ、”ヌーシアの山開き”はそもそもが、豊穣の女神を讃える祭りなわけで、そこに女神本人が着飾って参加するというのは、、どこか矛盾?なんなら滑稽?な感じがするが、ウィスタリアの言い伝えってどれもこんな感じだ。
それに比べたらトワトワトは、色彩にも温かな陽射しにも乏しい、空疎な春であることは否めないが、新しい、嬉しい季節の移り変わりであることに違いはない。
今年はどんな一年になることだろう。
南の国から戻ってきた赤い胸のアトリが、木々の枝を飛び回りながら、せわしなくさえずっていた。
言葉を覚えはじめたばかりの子どもが、一人でお喋りしているような、楽しい声だった。
アマリリスはくすっと笑って起き上がった。何とも幸せな気分だった。
アトリを見送ってから、自分も森の奥へと歩き去った。
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