時はめぐりて
第250話 春の嵐#1 祖国防衛戦争
茶店の軒先に運ばせたテーブルで、クリプトメリアは過去5ヶ月分の新聞を開いていた。
5ヶ月といっても、本土に取り置きさせているのは2週に1度なので、大した量ではない。
それさえも必要な情報の量からすれば多すぎるほどで、実際には直近の2、3部に目を通せば十分だった。
今読んでいる最新の号(と言っても10日前のものだが)の一面には、二つの大見出しが踊っていた。
『アービュタス解放戦にて大勝利、同胞軍がニェーメツ(※1)一個大隊を殲滅』
『悪の帝国タマリスク、崩壊へ』
共に、目につきすぎてかえって字義を捉えづらいほどの極太の大文字で、クリプトメリアはこれをどや顔フォントと呼んでいた。
※1「ニェーメツ」:リンデンバウム人に対する蔑称
昨年夏、トワトワトからは遠く離れた東ボレアシアの地で、
ラフレシアの保護国のひとつであるインテゲリマ共和国にリンデンバウムの軍隊が侵攻し、
かねて時間の問題と見られていたことだが、ラフレシア・リンデンバウム間の直接戦争が始まった。
精鋭で知られるリンデンバウム軍は、破竹の勢いでラフレシア軍を撃破し、ラフレシア領土内に侵攻、
アービュタス、ムルチコーレといった地方都市を次々に陥落させていった。
晩秋には、帝都クリムゾン・グローリーから十数キロのところにまで、リンデンバウム軍が迫っていたのである。
その後、冬将軍の到来と共に戦線は膠着し、不慣れな気候の土地に長大な補給線を抱えてリンデンバウム軍は急激に疲弊した。
そしてこの春、雪解けの泥濘で身動きが取れなくなったところへラフレシア軍が攻勢をかけ、占領されていた都市の一つを取り返した、というのが一つ目の記事だった。
何のことはない、130年前、フェンネル将軍率いるサフィニア主導の軍がラフレシアに侵攻し、やはり厳冬が戦況の転換点となって敗走したのと全く同じ構図だ。
当時はサフィニアが、グロキシニアを除く西ボレアシアを席巻し、“ボレアシア連合軍”を組織して攻め込んできたのに対し、
今回は逆にリンデンバウムが、占領下のサフィニアから、むりやり義勇軍を編成して連れてきた、というぐらいの違いしかない。
精鋭で知られるリンデンバウムならば、クリプトメリアでさえ知っているそんな戦史は十分に研究し尽くしているであろうに、なぜこうも綺麗に同じ
紙面はまさしく前回の祖国防衛戦争を引き合いに、
母なるラフレシアの大地を侵略しようとする外国軍は、ことごとく潰走する宿命にあり、同胞軍の勝利は天に約束されたようなものだ、と喧伝している。
逆に攻め返して、来週にはウルガリス(※2)を陥落させてやれ、という勢いだ。
※2「ウルガリス」:リンデンバウム首都
戦争にはずぶの素人であっても、それが楽観的すぎる、恣意的に作られた見通しであることが分かる。
130年前と去年の2回持ちこたえたから、今年も大丈夫などというのは、小学生でもわかる帰納法の誤謬に過ぎない。
やっとひとつ取り返したからといって、リンデンバウム軍の侵攻は今なおラフレシア国内深く残り、主要都市の幾つかを占領し続けているのだ。
少なくとも、ウルガリスまで1千キロか2千キロか、”あの”ラフレシア軍が敵陣を攻め抜くなどという勤勉さを見せるよりは、今年は敵がとうとう130と1年越しの悲願を達成してしまった、というほうが、はるかにあり得そうなシナリオだった。
同じことが、2つ目の記事についてもいえる。
ラフレシアのもう一つの戦線、カラカシスや東南ボレアシアで戦火を交えるタマリスク帝国で、つい先日皇帝が退位し、700年にわたったカリブラコア王朝に終止符が打たれたというものだった。
それだけ聞くと、なるほど歓迎すべき敵陣の混乱のようだが、実態はおそらく逆だ。
今回の政変は、軍部主導のクーデターによるものなのだ。
もともとタマリスク国内は、戦争そっちのけの内乱状態で、それ以上は混乱しようがないほど混乱しきっていた。
弱体化した皇帝には、もはや混乱を収束させることはおろか、自ら退位を選択する意志の力さえない有様だったのだ。
そんな中、海軍内でくすぶり始めた反乱の動きに対して、鎮圧のために派遣されたある将校が、逆に反乱軍と手を結んで中央政府に反旗を翻し、
これに軍部が一斉に同調し、瞬く間に首都を制圧して新政府の樹立を宣言、皇帝は廃位され、国外に追放されてしまった。
自分たちの王を見限って王座から引きずり下ろした、タマリスクのまだ若い准将の実力がどれほどのものかはまだ分からないが、人気は高い人物のようだ。
少なくとも、以前よりは行動力のある指導者を、タマリスクは得たことになる。
ラフレシア、タマリスク間の戦争が今後どうなるのか、
和平に向かうのか、今回を好機にラフレシアが攻勢を強めてケリをつけるのか、新しい指導者の元で組織を立て直したタマリスク軍が、これまで以上の強敵となって立ち向かってくるのか、
それは誰にも分からなかった。
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