第247話 人魚の入り江と竜の岬
塔の魔族によって空中に吊り上げられ、人魚の少女は身動きもしなかった。
顎のまわりに絡みつく醜悪な、蟹の脚のような指に締めつけられて、少女のか細い
アマリリスは歯を食いしばって身を起こした。
頭がぐらぐらする。
全身がしびれて、動けない。
かすむ目を凝らして、塔の魔族を見上げた。
異様な長身に対して小さな顔には、やけに横に細長く、眼柄に支えられて左右に張り出した目のほかは、鼻も口もついていない。
だが、顎の下、喉と胸に当たる部分がめきめきと音を立てて前に開き、無数の触脚が蠢く空洞が現れた。
人魚を喰う気なのか。
そうは、させな、、
魔族のスカート状の脚部に手を伸ばしかけたところで、アマリリスは完全に意識を失った。
人魚の少女の体が塔の魔族の口器に運ばれていく。
わさわさと動いていた触脚が、不意に動きを止めた。
入り江の水面に、人魚の母親の姿があった。
その姿は、あたかも銀色のケープを纏い、ティアラを戴き、水の上に立っているようだった。
しかし実際は、ケープやティアラに見えるのは、彼女の脊椎から伸展した棘突が網目状に全身を覆ったものであり、水の上に立っていられるのは、水面下の本体に支えられているからだった。
人魚の母親の足下から、金色のしなる鞭のようなものが幾本も走り出て、塔の魔族に絡みついた。
全身をがんじがらめに締めあげられ、塔の魔族は身動きが出来なくなった。
塔の魔族を捕らえたまま、人魚の母の体がせり上がっていった。
足下に現れたのは、鋼色に光る鱗、ないし無数の甲殻で覆われた胴。
巨大な蛇とも百足とも見える長い胴の先端に、人魚の母は融合しているのだった。
それは、生活環の中で何度かの変態を経験するこの魔族種の、最終形態でもあった。
今や神々しい竜の姿となった人魚の母は、塔の魔族の長身を捕らえたまま、更に高く水面から身を持ち上げた。
メキメキと音を立てて、塔の魔族の骨が砕けはじめる。
人魚の少女の首を掴んだ手が弛んだ。
途端に少女はするりと身をかわし、大きく弧を描いて脚鰭を蹴り上げた。
塔の魔族の首がすぱりと切り落とされ、ほぼ同時に、彼を捕らえていた鞭のような触手によってばらばらに引き裂かれた。
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