第245話 天使の囁き

人魚の少女とは別の誰かが、自分を見ている気がして、ゾクッとするような戦慄が体の中を走り抜けた。

そしてそれは、まんざら気のせいでもなかった。

人魚の視線の先の水面に、小さな顔がいくつも、ぷかぷか浮いて流れていった。


アマリリスは呆然と目で追った。

それは人の顔のミニチュアというより、陶器か石膏でこしらえた、明らかな作り物の頭像のようだった。

全体が色彩のない半透明で、人の肌というより海月くらげの肉に近いような、頼りなくのっぺりした質感をしている。

髪のように見えるのも毛髪の束ではなくて、同じ質感の、厚みがあるひだのようなもので出来ていた。


更に、水中に沈んでいる首から下の体は、人間に似てすらいない。

紡錘形の胴体は半透明で、その奥に臙脂色の心臓が脈打っているのが見えた。

脚も尾びれもなく、かわりに両肩に天使アンヘラスの翼のような一対の鰭があり、それを羽ばたくように動かして、ゆっくりと回転しながら水中を移動している。

見回せば、周囲の水面のあちこちにそういう生き物が浮かび、ユラユラと羽ばたいていた。

ごくうっすらと光を放ち、暗い水中から浮かび上がるように見えていた。


人魚の幼生。

疑いもなくそう思ったのは、やはりその瞳からだった。

人間にごく近い体つきの少女と、作りかけの模造品のような姿の違いはあっても、両者は全く同じ瞳をしていたのだ。


”どうして、、”


今日突然湧いて出たの?

前からいて、あたしが気づかなかっただけ?

それとも、、それとも、やっぱり幻力マーヤーで隠されていたの?


動揺というよりも、ひたすら混乱した考えが頭の中を駆け巡っていた。


あのレヴィアタンの攻撃を受けて、よく無事で。

そうか、だから母親と娘は待っていたんだね。

・・・って、何を?


でもよかったよぅ、これで人魚の少女も一人じゃない。

きっと母親が産んでいったんだよね。でもいつの間に?

オスの人魚が来たのには気づかなかったけど。


・・・”オスの人魚”。

そんなの居る?てか、要る??この母子に。

やっぱり何かおかしい。。。



そう、何かおかしい。

何がって、幼生たちは、大きさが揃ってないのだ。

さっきのはネコくらい、あっちのはネズミほど。

みんなバラバラの育ち具合なのだ。


そのことの何がそんなに引っかかるのか、自分でよくわからずに悶々としているアマリリスの前を、別の幼生がふよふよと泳いでいった。


体つき、動きは同じだが、顔は違っていた。

その幼生には目がなく、また鼻もなかった。

ただ、大きく裂けた口にはずらりと細かな牙が並び、何かをささやききかけるように小さく動かしていた。


これは、、レヴィアタン?

一体、



その時、人魚の少女が歌っているのに気づいた。

その歌を、アマリリスはよく知っていた。

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