第243話 二重の断絶

本当は、心を塞ぐその重苦しさに正面から向かい合うのがイヤで、夕日とか手袋とか関係ないことを考えて気を散らせてばかりいた。

重いのは、心が痛む以上に、正直よくわからないからだった。


アマリリスには母がいない。

だから、それを失うとはどういうことなのか、通り一遍の類推は出来ても、自分の世界に起こりうることとして想像するのはそもそも不可能だった。


加えて、相手が魔族だということが、いっそう歩み寄りを難しくしていた。

あれだけ親密な親子だったのだ。

その分別離の悲しみは、身を裂かれるような、想像を絶するものであるに違いない、

と考えるのが人間相手なら普通だが、魔族はどうなのか。


”弟が喰われたこと? 母親が喰ったこと? そのどっちが悲しいんだ”


魔族とはそういう生物なのだ。

あれはアマロックが特別に下等だとしても、人魚の少女の黒曜石の瞳に、彼女の心を見いだすことは出来なかった。


母親を知らないこと、相手が人間ではないこと、その二重の断絶によって、アマリリスは彼女が気にかける人魚から隔てられていたのである。



いつしか人魚は歌うのをやめ、じっとアマリリスを見つめていた。

初めて見たときから印象的だった、黒い瞳だけの目は、こうして間近に見ると、人間よりも明らかに大きい。

そして瞳自体が黒い色をしているのではなく、実は恐ろしく澄んだ透明で、光を全て吸い込んでしまうために黒く見えるのだとわかった。

仄かなゆらめきを、つるりとした頬に映すロウソクの灯りも、その瞳の奥までは見透すことが出来なかった。


「・・・」


深い海の底で暮らす魚は、ほんのわずかな光でも見えるように、目がとても大きく鋭敏に発達すると聞いたことがある。

そうでなければ、目で見ることははなから諦め、音や匂いを頼りに周囲を知覚する方向に特化していって、

そうなると、逆に目は不要になって退化し、無くなってしまうのだという。

ちょうど、あのレヴィアタン怪物のように。


深海での光の乏しさという条件が、そこで暮らす生物に、まるで正反対の二つの選択をさせることがあるわけだ。

今見ているものもそれに似た、一つの物事の二つの側面なのかもしれない。

ひょっとして。。。。


いや、また余計なことを考えてた。

底知れぬ深海を覗くような瞳を見つめて、言った。

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