第239話 助けてあげられない?

「助けてあげられない?」


魔族は答えなかった。

そして、何のことかとも訊いてこなかった。


「ごめん、無理よね。


忘れて。」


何故そんなことを言ったのか、自分でも分からない。

ただ、いくら海でのこととは言っても、自分のなわばりで起こる抗争を、アマロックが知らないわけがない、

そういう考えはどこかにあったのかも知れない。

あの塔の魔族だって、アマロックが許さなければ、入ってこれなかった筈なのだ。



伏せた目を上げると、今まさに西の山に沈もうとしている夕日が目に入った。

きらきらと輝く金色の琥珀の雫は、雪に覆われた尾根に吸い込まれるようにして小さくなっていき、

最後、弾けるような光芒を背景の空に放ってから見えなくなった。

直前まで考えていたことはもう忘れて、アマリリスは吸い寄せられるようにそれに見入っていた。


我に返ると、アマロックはもうそこにおらず、夕闇が足元まで忍び寄ってきていた。

アマリリスは少しの間周囲を、星が現れはじめた空に伸びる木々の枝や、林の奥の暗がりに消えてゆく青白い雪といったものをきょろきょろ見回して、歩き去っていった。


目に映るものにこの時彼女が感じた違和感は、端的に言えば季節の変化だった。


アマリリスが暦を読めば気づいただろう。

相変わらずの厳しい寒さに雪嵐ヴェーチェル、軒先から2メートル以上も垂れ下がった氷柱と、

それだけ見ているとにわかには信じがたいが、春は意外にも、その微かな足音が聞かれるほど近くまでやって来ていたのである。

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