第238話 病の置土産

勝手口のベルがからんと鳴って(最近、ファーベルとヘリアンサスが苦労して雪を除け、通れるようにしたのだ)アマリリスが入ってきた。

朝食の用意をしていたファーベルはびっくりして、剥きかけのジャガイモを取り落としそうになった。


「え、うそっ。寝てるんだと思ってた。

大丈夫なの、外に出て?」


「うん、大丈夫。

・・・でもまた寝るね。」


呆気にとられているファーベルとヘリアンサスを背に、そのまま2階にあがり、毛皮服を脱ぎ捨ててベッドに潜り込んだ。


二人とも何も気づいていないようだった。

人魚の入り江までそれなりに距離があるとはいえ、あれだけの轟音が聞こえないってことがあるだろうか。


考えられるのは、魔族のあやかしの力。

幻力マーヤーと呼ばれているものは、思ったよりもずっと広範に、異界とその周辺に住む者の知覚に影響を及ぼしているのかも知れない。

そのあたりまで考えたところでアマリリスの意識は途切れ、それから夕方まで眠り続けた。



再び毛皮服に身をつつんで外に出ると、森と海は夕暮のあい色にくすみ、日中の暖気と入れ替わりに、底冷えのする寒さが降りていた。

体調はすっかり良くなって、病み上がりの軽い気だるさはあるものの、もう大丈夫。

重いのは心だった。


トネリコの巨木のところで、アマリリスは振り返った。


「アマロック。」


「やぁ、バーリシュナお姫さま

久しぶりだね」


「・・・」


何か、アマロックに会ったら聞こうと思っていたことが、、、

思い出せない。

それとも単に気のせいだろうか。

考えようとすると、病の置土産のような頭痛がする。


思い出せないもどかしさのまま、アマリリスは考え続けていたことをそのまま口にした。

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