第233話 無音震動波

風?


・・・じゃなさそうだ。

窓に当たる風はないし、木の枝も動いてない。

なのに氷柱つららだけが震えている。


いや、氷柱だけじゃない。

相変わらず静まりかえった室内で、小卓に置かれたコップの水に、さざ波が立っている。

震動するというよりも、水が生きて脈打ち、細かな触手を伸ばしてガラスの壁面を這い登ろうとしているかのように。


布団をはねのけ、アマリリスは窓に駆け寄った。



外に出ると、弱い雪が降りはじめていた。

岬へと向かう道を急いだ。


満ち潮の時刻で、流氷の下をくぐった波が渚の砂を洗っていた。

一見穏やかなその波も、表面は微細な震動によってあわ立っているのが分かる。

音もなく大気の中を伝ってきて、水だけを震動させる波動が、今やアマリリスの肌にも感じられるようだった。


突然、大気を切り裂く悲鳴のようなものが突き抜けていった。

震動波と同じく、実際に耳に聞こえる音ではなかったのだが、それがアマリリスだけの錯覚ではない証拠に、

あの穏和な大海牛が激しく暴れ、水面に跳ね上がった。


渚から台地の上に登る急坂を登りかけていたが、登りきるまでの間ももどかしくて、海に突き出した岩の上によじ登った。


流氷原の上に顔を出した太陽が、眩しく目を射る。

兜岩の偉容が、降りしきる雪をスクリーンに、長い光の尾を引いて投影されていた。

その頂上に、高いほばしらのようなものが立っているのが見えた。

人型でありながら、人間ではあり得ない長駆の姿。

あいつだ、奥地で出会った、塔の魔族。


天を両手で支えるように、魔族がその長い腕を差し上げた。

粉雪の舞う空間をひずませて、さっきと同じ衝撃がやってくる。

湾内の水面に、その波動が波頭の弧となって走り抜けるのが見えた。

アマリリスは岩から飛び降り、人魚の入り江を目ざして走った。


すでに心の中では、暗い予感を噛みしめながら。

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