第221話 氷の森にて#2

氷山の森に、乾いた銃声が鳴り渡った。

どこかの氷の影から、海ワシが飛び立っていった。

残響は雪雲の底に消え、その後にヘリアンサスの歓声が続くようなことはなかった。


外したか。

ヘリアンサスの目を意識して、ガラにもなく力んでいたろうか。

いや、多分違う。

普段はいない同乗者が作る微妙な揺れが、わずかに射線を狂わせたのだ。

馴れない状況で精度の高い狙撃をするには、さっきは距離がありすぎた。


空になった薬室に次の弾丸を装填しながら、クリプトメリアはヘリアンサスに声をかけた。


「すまんな、期待に添えず。」


「いーえー! 惜しかったっすねぇ~。」


どこかの居酒屋のボーイのような軽妙な受け答えに、クリプトメリアは少し意外に思った。

はて、こんな雰囲気の子だったろうか。


かといって、ではどういう雰囲気の子だったのかと、思い描くことが出来るわけでもない。

改めて自分の無関心を知って、クリプトメリアはうしろめたく思った。

それでなくても、猟に連れ出してやろうと思い描きながら、ずいぶん長いこと果たせずにいた負い目があるというのに。


「いつもファーベルと仲良くしてくれているそうだね。

どうもありがとう。」



「・・・え?」


二呼吸くらい間があってからこちらを振り向いた。

アザラシを探すのに夢中で、聞いていなかったらしい。

こういうところは姉とそっくりだ。


「ファーベルが君のことをベタ褒めだ。

親切で頼りになると、こっち実験棟に来るたびに君の話をしとるよ。」


実際にはお世辞を含めた誇張だった。

ファーベルが一度か二度、そんなことを言っていた記憶がある。

しかしどこまでも薄情なクリプトメリアはここのところ、ヘリアンサスのみならずファーベルとも、まともな会話をしていなかった。

ここ最近、それくらい彼が仕事に集中できる環境が整っていた。


ヘリアンサスが赤くなって俯いた。

おや、少年のナイーブな部分に触れただろうか。


しばらくして、水平線に目を据えたまま、ボソボソと呟くように言った。


「それは、ファーベルのほうだ。

親切で、優しくて、、」


まだ何か言いたそうな様子のまま口ごもり、その後はすっかり元の軽い調子に戻った。

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