第217話 種族を超えた戦友#1

ノミのような蹄が振り下ろされ、群がっていたオオカミたちが退く。

地中から弾けたみたいに、白い雪の花が散った。

立派な角を戴いた頭を高く反らせるたび、枝角がうなりをあげて空を切る。

既に幾度となくオオカミの牙を受け傷ついていたが、アカシカに怯む気配はまるでなく、毛皮を染めた血糊すらも、ある種の凄みを与えるような猛々しさがあった。


荒々しい怒声、蹴散らされて舞う雪煙の中を、オオカミたちはつむじ風のように走り回り、攻撃の機会を狙っている。


前方から威嚇するアフロジオンに気を取られている隙に、アマロックが背後から襲った。


それを合図に、サンスポットが、三頭の兄弟が群がり、肩に、脇腹に食らいつく。

五頭のオオカミをぶら下げて、それでもアカシカは四肢を踏ん張り、立っていた。

最後にアフロジオンが首筋に喰らいつく。

それでも倒れない。


アフロジオンが食いついた位置も、あまり良いとは言い難かった。

鼻面か、呼吸を塞ぐ喉元に食いつければ良かったのだが、実際には首筋の、どちらかといえば上側で、

これでは皮膚の裂傷とオオカミ達の体重以上のダメージを与えることはできない。


アマロックはそれを見て、急所を攻撃しようとしたのだろう。

食いついていた右腰を離した。


その途端、アカシカは反撃に出た。


後ろ足で地面を蹴り、大きな体が宙に踊る。

その勢いで、サンスポットと、三兄弟の一頭が振り離された。

続いて丸太をふるうような首の一振りで、アフロジオンが空中に弧を描いて振り飛ばされる。

なおも追いすがるオオカミ達を振り切って、傷だらけのシカは、力強く走り出そうとしていた。


”逃げられる”


脇腹に食いついていた最後の一頭がふり落とされる。


すぐ脇を駆け抜けようとしたアカシカに、後から思えば実に無謀な行いだったが、

アマリリスは身を投じるようにして腕を伸ばし、その角を掴んでいた。


太い枝の一本を左手が捕え、同時に肩が抜けるかと思うほどの荷重が彼女を体ごとさらっていった。

死んでも離すものか、と固く心に誓ったが、その時にはすでにシャクナゲの茂みの中に放り出されていた。


しかしこの思わぬ妨害によって、アカシカは、捕食者から逃げ切るための加速のタイミングを、ほんの少し逃した。


矢のように追いすがった6頭のオオカミが、再び一斉に、獲物に喰らいつく。

アカシカの足がもつれ、団子になった獣たちは地面に叩きつけられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る