第213話 確執#2(アマリリス視点)

ファーベルとの約束を破ってしまった。


アマリリスは唇を噛みしめた。

また怒られる。

きっと、すっごく怒ってる。


他人にはなかなか理解しづらいアマリリスの思考回路の中で、

”とにかく、二泊以上の無断外泊をしないこと”

が、ファーベルとの間で交わした約束、ということになっていた。


一泊なら、オッケー。

なぜなら、これまでに怒られたことないから。


二泊は、ダメ。

秋、アマロックと奥地に行ったとき、大目玉をくったから。

あの時は三泊だったけど、あとでヘリアンに聞いたところだと、どうも二晩目から、ファーベルは本格的に怒りはじめたらしい。


実のところは、当時ファーベルがはっきりと口にした通り、彼女は日数云々ではなく、

周囲の心配、特にヘリアンサスの気持ちを無視して、身勝手な行方不明騒動で彼を苦しめた、アマリリスのそういう考えの甘さを責めていたのであり、

本当は一泊だって面白くはなかったし、逆に、吹雪に巻かれて身動きとれなかったというような、やむを得ない事情があれば、その結果をとがめはしなかっただろう。


しかしアマリリスは、そういう、相手の感情の背景にある意図を汲み取るといったことはかなり苦手だった。

もっと言えば、そこは聞いていなかった。

ただ単純に、もの凄い剣幕で怒られたこと自体がショックで、怖かっただけで、二泊という線引きの意義とか、何故ファーベルが怒るか、ということは、考えてみようとしなかったのである。

その代わり、生来の小心さ故に、自分で制定したその”約束”を、アマリリスはかなり律儀に守っていた。


なのに、破ってしまった。

ああ失敗した。

アマロックに抱っこされてぽーっとしてる場合じゃなかった。

こんなことなら、吹雪ヴェーチェルの中をついて無理矢理帰ってくるべきだったのだ。


二泊で帰って来るは来たのだし、出来ればファーベルと顔を合わせずに、このまままた出掛けて、なかったことにしてしまいたい。


だから、音もなく現れたファーベルの姿に、アマリリスは心底震え上がった。


見つかってしまったものは仕方ない。

約束を破った自分が悪いのだ。

見苦しく言い訳したりせず、潔く怒鳴られよう。


「おはよ。」


それだけ言うのが精一杯で、怖くてファーベルの顔が見れなかった。


「大丈夫?」


感情のこもってない声が余計に怖い。

アマリリスはうろたえて、世にも間抜けな返答をしてしまった。


「は? 何が?」



今にも雷が落ちてくる雰囲気の間があった。

アマリリスは堪えられなくなって、本能的にこの場から逃げ出そうと、ブーツに手を伸ばした。

ひっくり返すと、ザバッと水が流れてきた。

これじゃぁダメだ、外には出られない。

思わず舌打ちが出た。


ファーベルは依然、氷のような沈黙を保っている。


もし彼女の怒りが、みずがめが水のしたたりを溜めてゆくような性質のもので、

今こうしている間にも、怒りのボルテージはひたひたと上がっていっていて、

最後には人類史において空前絶後の大激怒でしばかれる、とかだったらたまらない。


それぐらいなら、今、この場で怒ってくれという意図で、アマリリスはまたとんちんかんなことを言った。


「ごめん、またすぐ出掛ける」


服もブーツもぐしょぐしょで、一体どこに逃げるっていうんだ。

もうおしまいだ。

今ので絶対キレさせた。


アマリリスは体を強張らせ、雷が落ちるのを待った。

ところが、


「分かった。」


おそるおそる顔を上げると、ファーベルの姿はなかった。

アマリリスは狐につままれた気分で、目をぱちくりさせた。


え、、、

いいの?


あ、そう。

ふぅん。。。

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