飢えと渇えのはてに

第212話 確執#1(ファーベル視点)

1階でごとごと、押し殺した気配の物音がしていた。


中2階、ペチカの上のベッドで、ファーベルはぱちりと目を覚ました。

外はまだ暗く、うっすらと藍色の夜明けの気配がある。

ということは、8時すぎぐらいか。

なかなか寝つけなかったせいで、ファーベルには珍しく、寝坊してしまった。

ヘリアンサスは隣ですやすや眠り、目を覚ます気配はない。


物音は、台所の方から聞こえてくる。

ファーベルは枕元のガウンを羽織り、踊り場のスリッパに足を這わせた。


降りて行くと、調理かまどには火が入り、赤い光に照らされて、アマリリスがせわしなく立ち働いていた。

獣の毛皮をほぼそのままの外套に、振り乱した髪、外套の裾から太腿まで覗く素足、

一体、、、


吹雪の夜に帰ってこないのは心配だったが、森ではアマロックと一緒らしいし、大丈夫だろうと思っていた。

何があったか知らないけれど、こんな尋常でないことになってたとは。


竈のそばに引き寄せられた椅子の背に、彼女の毛皮服がかかっていた。

黒々と濡れ、竈の熱に暖められて水滴がぽたぽた滴り、すり減った板張りの床にいくつも水溜まりが出来ている。

アマリリスはそれを揉んだり絞ったりして、水気を抜こうとしているらしかった。


ファーベルに気付いて、アマリリスは一瞬、びくりと身を震わせた。

そしてすぐにくるりと背を向け、作業を続けながら言った。


「おはよ。」


ぶっきらぼうに、ただひとこと。


「・・・だい、じょぶ?」


「は? 何が?」



しばらく沈黙が続いた。

ブーツをさかさまにして中をまさぐったアマリリスは、舌打ちをした。

ふたたび間があって唐突に言った。


「ごめん、またすぐ出掛ける。」


「――分かった。」


ファーベルはすごすごと台所を出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る