第210話 銀の月

雪洞の出口を埋めた40時間分の雪を蹴り抜き、魔族は隠れ場所から出てきた。

時刻は夜半過ぎ、雪も風も止み、雲の間に星が輝いていた。


片腕を後ろに、背負っているものを支えながら、アマロックは穴の中に残るもうひとつのお荷物――、

凍結したままのアマリリスの毛皮服を取り出した。

あらかじめ橇がわりのトウヒの枝にくくりつけ、ブーツの紐の引き綱がつけてあった。


「さて、行こうか。

乗り心地はどうですか、バーリシュナお姫様


「・・・まぁまぁです。」


アマロックが低く忍び笑いを漏らし、アマリリスは屈辱感から彼の背に顔を埋めた。


何とも滑稽な一行だった。

アマロックが裸のアマリリスを背負って、彼女の体ごと毛皮外套で身を包み、後ろ手に凍った毛皮を曳いて歩くのだ。

けれどそうしてもらわないと、身につけるものをまるごと川に沈めてしまったアマリリスは、自力では臨海実験所に帰りつくことも出来ない。


改めて自分の大バカぶりが身に染みる。

あたしを恥ずかしめるために、アマロックはこんな喜劇みたいな方法を選んだんじゃないか、と被害妄想めいた疑念が沸き起こる。

恥ずかしさを紛らわそうと、別のことを考えることにした。


見回せば、地上は一面に真新しい雪に覆われ、天空から銀の月が照らしていた。

左手に見える海は、岸の近くは流氷に埋め尽くされて白く浮き上がり、その先は漆黒の水面が広がっている。


沈みゆく船から見た海、かつての希望だった新大陸を、遥か彼方に隔てる寒流の海。

けれど星が瞬く暗い水平線は明日につながっていて、

その彼方から、今ものすごい速さで夜明けが近づいてきているはずなのだ。

あと何時間か分からないが、このままの晴天が続けば、森も海もまばゆいばかりの暁に染まる。

とても信じられない思いだが、現実なのだ。


そう。

明けない夜はない。

いくら足掻いても日の出を早めることはできないし、どれほど夜が長くても、世界が続く限り、日はまた昇るのだ。


アマロックの背に揺られて、寝通しだった2日間の最後、アマリリスは最も安らかな眠りに落ちた。

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