第206話 もう分からないことだ
アマロックの幼年期の話でひとしきり盛り上がり、はしゃいだりしんみりしたりして、
もはやアマロックに何かされるという雰囲気でもなくなってしまった。
肌を接しているのも自然なことに思えてきて、お互いの体を二人分の体温がめぐり合ううちに、緊張で強張っていた心と体も和んできた。
やっと落ち着いてまわりを見た。
雪洞は横穴で、奥の部分が入り口より高くなるように掘られていた。
秋、奥地の高原で利用させてもらったクマ穴と同じ作りだ。
暖かな空気は上に行くから、この方が暖かいのだと気づいた。
入り口は狭く、風や雪が吹き込まないようにトウヒの枝で覆われている。
こんな良くできた避難場所を、アマロックは手掘りであっという間にこしらえてしまった。
夕暮れが近いこともあって、穴の中は暗かったが、雪の白さのお陰か、アマロックの顔がまだぼんやり見分けられた。
外では、吹雪がますます激しくなって行くようだった。
アマリリスは、今日、川に落ちるまでの出来事を思い返していた。
アマロックたちが母ジカたちから仔ジカを引き離し、こっちに逃げてきた仔ジカを追い返し、、
とそこで、アマリリスはある考えに思い至った。
「あの時、、、わざと逃がすつもりだったの?
つまり、仔ジカを後で探し出して、、」
「おや、気づいたか。
言わないでおいてやるつもりだったのに。」
つまりこういうことだ。。
女首領の群に仲間が襲われて、2頭の親ジカは動揺していた。
混乱に乗じて、通常なら厳重に保護されている子ジカを、親ジカから引き離すことには成功した。
結果的にそうなったように、子ジカをその場で殺すことは難しくなかった。
けれどまだ問題が残る。
これも結局はそうなってしまったように、女首領の群の目の前で殺した場合、彼らに横取りされてしまう可能性が高かった。
そこでオシヨロフの群はもう一段の作戦を立てた。
親ジカはその場でくぎ付けにしておく一方、子ジカはいったん立ち去らせ、あとで探し出して「回収」するのだ。
背筋の寒くなるような残酷な発想だが、理にかなっている。
そして事実、8割がた成功だったのだ。
オオカミの襲撃に子ジカは錯乱し、無我夢中で走り出した。
最後のハプニングが起こらなければ、そのまま森の中へ走り去っていただろう。
あの後、サンスポットはなおも当初の計画を継続させようとしたものの、
一度後ろを振り返って正気に戻った子ジカは、いくら追い払おうとしても、一番安全と分かりきっている母ジカの側を、離れようとはしなかった。
アマロックは計画を断念し、わずかな収穫になるのは分かった上で、その場で処分する方針に切り替えたのだ。
ヘラジカや女首領の群は勿論、仕掛け手であるオシヨロフの群も、こんな展開を予想出来たわけがない。
よもや人間がしゃしゃり出て、数週間ぶりの貴重な狩を、台無しにしていくなんて。。
「やだもー、、、
あたし超バカじゃん!鬼・バッド・ジョブじゃん!!
バカバカバカバカ、、、」
アマリリスは薄闇の中で真っ赤になり、両手で顔を覆った。
「そうとも限らないよ。
あの時君が追い返してなかったら、案外あいつは自力で逃げ切って、見つからなかったかもしれない。
結局、姐御の群に取られてたかもしれない。
もう分からないことだ。
そういう可能性もあったわけだから、それよりは、一口二口でも食えたことに感謝して、
心からの慰めなのか、痛烈な皮肉なのか。
自分のせいで、余計困窮が長引いてしまったオオカミたちを思った。
また、獲物を探すところからはじめなくてはならない。
雪の中をさまよって、わずかな食べ物を求めて。。。
間に合うんだろうか!?
一体いつまで生きていられるのだろう?
絶望と焦りで、気が狂いそうだった。
「考え事は意外と体力を使う。
家に帰ってからいくらでも出来ることだ。
この吹雪は当分止まないよ。
今は脳の活動を止めて、できるだけエネルギーを消費しないことだ。」
「・・・どうやってよ。」
「寝ろってことだよ。」
自分も寝てしまったのか、それきりアマロックの声はしなくなった。
こんな気分で、しかも乙女の危機真っ最中みたいな状況で眠れるもんか、と思ったが、不覚にもあっさり眠ってしまった。
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