忘却の川

第201話 河岸の死線#1

時を戻し、

崖の上ではまだ、当初予定より目減りした食糧をめぐって、オオカミたちの間で激しい攻防が繰り広げられていた頃、

崖下の河岸には別の死線があった。


アフロジオンと相手のオオカミは、お互い相手の肩や首筋に咬みつき、もつれ合ったまま雪の上を転げ回っている。

すぐ下の川は真新しい氷。

あそこに落ちたら、、あるいは、強靭な牙がどちらかの喉笛を捕らえたら、、あっという間にあの世行きだ。


やがて恐れていたまさにその通りのことが起きて、アマリリスは思わず悲鳴をあげた。

2頭は川岸の段差を転げ落ちて、危険な氷の上に出てしまった。

ガラスを掻くような音をたてて、2頭の足元に白い亀裂が走る。

それでも両者は戦いをやめようとしない。


『止めて!アフロジ・・・』


叫びかけたその時、氷が大きく割れ、2頭の姿が水に沈んだ。


アマリリスは駆け寄ろうとして、自分まで薄氷の上に踏み出そうとしていることに気付き、慌てて踏み留まった。

大きく穴の開いた水面は滔々と流れ、周囲にごぼごぼと溢れ出てくる。

穴の端っこで、アフロジオンともう1頭のオオカミが頭を出し、水流を受けて白い飛沫をあげながら、氷の上によじ登ろうともがいていた。

しかし水に押し流されてうまく行かない。


アマリリスはおろおろしながら周囲を見回した。

何か、長い木の枝とか探してきて、アフロジオンに掴まらせて、、、

と考えているうちに、2頭はほぼ同時に氷の下に吸い込まれた。

今度は悲鳴すら出なかった。


必死の思いで流された先を追った。

黒々とした水の中の不明瞭な影は、彼らの必死の抵抗の効果がまるで感じられない、恐るべき淡々としたペースで運ばれてゆく。


十数メートル流れた先の淀みで止まった。

アマリリスはもはや躊躇せず、氷の上に飛び降りた。

いくつも気泡を閉じ込めた氷盤がきしみ、その奥でもがく手足が見える。


両手を拳に握り、力一杯氷を叩いた。

きしむような手応えがあり、わずかにヒビは入るものの、ここの氷は頑丈で、割れる様子はない。

何か大きな石とか、、、ダメだ、時間がない。

雪に埋もれてて掘り出せない。


腰の短剣を抜いて両手に握り、柄頭を氷に叩きつけた。

大きな亀裂が走り、水が吹き出してきたが、まだ割れない。

もう一回!

短剣をひときわ高く振り上げた。


後先を考えない訳ではなかった。

分かっていても、アマリリスはそうせずにいられなかった。

渾身の力と全体重をかけて、両腕を振りおろした。

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