第194話 降りしきる雪が生まれるところ

アマリリスが彼らを見つけた時、雪はすでにかなり激しくなっていて、これからの天候を警告するかのように、上空では低い唸りが鳴り続いていた。


白一色の世界、視界を邪魔する綿雪のレースの向こうに、その光景は、音もないシルエットとなって浮かび上がった。

川が大きく湾曲した深い谷の向こう、アマリリスのいる場所からはやや見上げる位置の稜線に、

重々しい足運びで逃げる大きな獣の小群と、その周囲をヒラヒラと舞うように動き続ける、多数の獣の群れ。

この間見たヘラジカの群と、追う側は、頭数からいって、よそ者の女首領の群に違いなかった。


アマリリスは近くの立ち木に身を支えて体を休めた。

足が痙攣にもつれて、転びそうになった。

浅く激しい呼吸で喉がひゅうひゅう鳴り、毛皮服の中の体は、汗はかいていなかったが、全身の力が流れ出てしまったかのように、冷たく気だるかった。


足音を鳴らして迫る雪嵐ヴェーチェルへの恐怖と、今日は何としてもオオカミたちに会わなければ、というプレッシャーで、体力の限界を遥かに越えて動き続けてしまっていた。

それでも、何のあてもないのに駆けずり回って、結局はこうして追いついた。

結構すごいかも、あたし。


出会えたのがオシヨロフの群ではなかったにも関わらず、自分があまりがっかりしていないことに、アマリリスは気づいた。

その一方で、もう会えないのかも知れないな、という思いが、ちくりと胸を刺した。

この吹雪の中、森から脱出することは、もう無理だろう。


降りしきる雪が生まれるところ、今は無数の雪片それ自体に遮られて見えない雪空を見上げた。

耐えがたい重圧で心にのしかかっていた苦悩も恐怖も、いざこうして雪に埋もれようとしている今、

何だかひとごとのように薄らいでしまい、意外とアマリリスの心は穏やかだった。


――これといって心残りもない人生だから、終わるときも案外、こんなものなのかもしれない。

そんな卑屈がかった考えが浮かんだ。


けれど、まだしばらく時間がある。

探していたものとは違うけど、とりあえず今この場のゆくえを見届けておこう。


呼吸も落ち着いたところで、アマリリスは改めて、降りしきる雪の先に目を凝らした。

そこでは、2週間に及んだ追跡劇が、最終幕も大詰めを迎えようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る