第192話 兎の跳ぶ海
サングラスを通した黄褐色の視界に映る雪原は、起伏も距離感も分かりにくく、歩きながらずっと見続けるとめまいがしてきた。
サングラスを外すと、貧弱な冬の太陽ながら、白一色の散乱光は、視神経を掻きむしるようだった。
まだ実験所を出たばかりだというのに、体が重い。
明らかに、昨日の疲労から回復していなかった。
夏場、白夜の時間まで森を歩き回り、へとへとになって帰宅しても、若く健康な肉体は、一晩寝れば何事もなく元気を取り戻していた。
今は、森にいる時間は遥かに短いと言うのに、冬独特の危険や、諸々の気苦労によって神経がすり減らされ、
実験所に戻れば、何も考えられないほど疲れきって、眠りたいのになかなか寝つけなかった。
ようやく寝ても、奇怪な夢――、
そんなことを何回も繰り返して、それでも長い冬の夜は一向に明ける気配がなく、苛々して余計眠れなくなり、、
とこんな調子では体が休まるわけもなく、疲労は蓄積する一方だった。
昨日、一昨日は天気がよく、アマリリスは暗くなるギリギリまで森を歩いてオオカミを探した。
足跡は何度かみかけたが、サンスポットともアフロジオンとも、他のオオカミとも、とうとう会えなかった。
それで、今日は余計に焦っていた。
オシヨロフの高台に出ると、風に巻きあげられた雪が、目潰しのように襲った。
海を見て、アマリリスはぎょっとした。
昨日は岸からはるか彼方までぎっしり押し寄せていた流氷が、不気味にも今朝はひとつ残らずどこかに消え、
開けた海面に見渡すかぎり、尖った三角形の白い波が立っている。
まるで一面に白ウサギが群れ、好き勝手に跳びはねているようだった。
空は薄い絹雲がかかるぐらいで、まだ晴れている。
けれど明らかに、
よりによって、こんな日に、、、
アマリリスは唇を噛みしめた。
天気が荒れると分かっていて、冬の森に出掛けるのは、大バカ者に違いない。
それでも行かずにはいられない、自分に対する苛立ちと腹立たしさだった。
兎が跳ぶ海をひとしきり睨み付け、あとは一度も振り返らずに、森の奥を目指した。
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