第191話 見えない罠#2

最も狙われやすいのは、体格体力で劣る仔鹿だが、その分、まわりの大人に厳重に守られているだろう。

命がけで向かってくる若い母シカをかわすより、見棄てられがちなばあさんシカを倒す方が、たやすいかもしれない。

女首領が4頭のうちどれを選ぶかは、アマロックにも判断できなかった。


今はまだ、ヘラジカたちは4頭で一緒に行動できている。

女首領の群が本格攻勢をかけ、狙いをつけた1頭を群から引き離してからは、展開が早い。

オシヨロフの群が、彼女たちの積み上げた仕事から何らかの利益を得るとすれば、状況が大きく動くその時がチャンスのはずだった。


構想としては単純でも、ヘラジカと女首領の群の双方を相手にする必要があり、ざっと考えても、様々な困難が予想された。


まず、オシヨロフの群にとって、決して得意な相手ではないヘラジカを、女首領の群の目の前で倒さなければならない。

自分達が追い詰めた獲物を横取りされれば、当然女首領の群のオオカミは怒るだろう。

構成員が倍以上の群を相手にまともに戦っては勝ち目がない。


仮に何とか連中を押さえておいて、その間に手際よく獲物を始末できたとして、その後はどうするのか。

怒り狂った敵の目の前で食事するわけにもいかないし、くわえて逃げるには、ヘラジカはあまりにも大きい。


難題を前に、アマロックは悩まなかった。

そういう懸案があるということが分かっていれば良く、今ここで仮説を重ねて準備できるようなことはもうなかった。


とりあえずやってみるだけの価値はある。

問題の難しさからいって、恐らく計画は失敗するだろう。

もし何らかの幸運があって、彼の群が獲物を手にするとしたら、全てはその時の機転にかかっている。


にわかに激しい風がおこり、アマロックの黒い毛皮外套に、粒の荒い雪を吹き掛けていった。

オシヨロフの首領は人間としての思考を終わりにし、オオカミの姿に戻った。


利があるとすれば、強い北風とこれからの天候が、敵や獲物から、彼らの姿を隠してくれるであろうこと。

そして何よりここは、彼らの土地であるということだった。

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