第184話 冬に息づく川

冬になればただ、白一色のトワトワト。

夏に南方から訪れ、繁殖を終えた渡り鳥たちの大半は、とうにこの地を離れている。


しかし、数は少なくても年中、トワトワトに留まる鳥もいる。

重い雪雲がかかる空から、絶え間なく舞い落ちる粉雪のヴェールを貫いて、一羽のシロハヤブサが山から降りてきて海の方角へ飛んでいった。



冬の川に面した低い土手の上から、アマリリスは足元の、にわかには信じがたい光景を眺めていた。

氷を割り、雪を洗い流して、結氷した川のおもてを水が滔々とうとうと流れていた。


雪に覆われ、川底までかちこちに凍りついていそうに思える冬の川だが、実はそうではない。

分厚い一枚岩のような氷の下で、夏場よりもだいぶん流量は減るものの、水は流れ続けている。


この雪と氷の世界で、いったいどこから川の水がやってくるのか不思議だった。

しかし、実際に川が生まれる場所に関して言えば、冬も夏も、大した違いではないのだ。

今は全く見えない異界の地面に、長い時間をかけて染み込んでいった地下水は、これほどの酷寒の雪下でも森のそこらじゅうで湧水をもたらし、

それらを集めた川は何食わぬ顔で、黒々としたその身で異界の氷原を貫いているのだった。



そして川は、氷の下でただ密かに息づいているわけでもない。


夏の川が、雨が降れば氾濫し、日照りが続けば痩せ細るように、地下の水量も様々な要因によって増減する。

氷が張り詰めたあとに水量が減り、河の水位が下がると、氷の底と水面の間に隙間が出来る。

表層の氷は支えを失い、亀裂が入ったり、場合によっては大きく氷が割れて、水面が顔を出すこともある。


その後で水かさが増えると、結構大変なことになる。

氷の一枚岩に開いた穴から、噴水のように、あるいは鉄砲水のように水があふれ出て、あたり一面水浸しだ。

それが寒気にさらされて再び凍りつき、、ということを繰り返して、

夏場の川床よりも遥かに広い範囲が氷の池になってしまったところもある。


アマリリスの足もとの川も、ここ数日で氷が割れ、川のほぼ全幅に渡って流されてしまったようだ。

大部分では新しい氷が張り直しているが、幾つかの裂け目からはまだ水が溢れ続けている。


考えてみれば怖い話だ。

張りはじめたばかりの氷は紙のように薄く、簡単に踏み抜いてしまうだろう。

今はまだ見ればそれと分かるけれど、ここに雪が積もったら、まるで分からなくなってしまう。


新品の板ガラスのような、透明な氷の下で、黒々とした冬の川は音もなく、しかし渦を巻いて激しく流れている。

もしここに落ちたら、、

これまで、雪に覆われた川を横切るたびに、そんな恐ろしい危険の上を渡っていたわけだ。


いつ襲ってくるか分からない雪嵐ヴェーチェル、あらゆるものを凍りつかせる寒気、

足元に口を開けて待ち構えている奈落、、、怖すぎる。

やっぱり冬の森は、人間が居るような場所ではないのかもしれない。


波のように押し寄せる恐怖を、懸命に追い払う。

大回りして安全な場所を探して川を渡り、森の奥を目指した。

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