第182話 安堵と充足

「リンゴむけたよ。どうしよっか?」


「んーとねぇ、うす切りにして、生地の上にならべてぇ。。。

あ、ちがた。

そのボールにしお水つくって、つけといてくれる?」


「りょーかい。」


クリームと卵をふんだんに使ったソースをかき混ぜながら、ファーベルは更に次の指示を出してきた。


「あとオーブンのちょーし見てくれる?

あったまったかな。」


「ほいほい、少々お待ちを・・・」


陰鬱な冬の夕暮れ、日中に訪れていたアマロックが帰り、手持ち無沙汰になったのだろうか。

ファーベルが、何かおいしいもの作ろうか、と言い出し、二人は今アップルパイ作りに大わらわだった。



アマロックが帰っていって、ようやくファーベルを独り占め出来る。

ヘリアンサスは心の中で秘かにガッツポーズを決めた。

清々した、もう当分来るな。

できれば一生!


あのいけ好かない魔族がいるときには、自分は二の次に扱われるというのは、正直面白くなかったが、それは億尾にも出さずにいた。

理性的というよりも、意外に計算高い少年は、そこで拗ねて見せたりしても、自分の印象を悪くするだけで、何の利益もないと分かっていたのである。

第一、ファーベルが困るだろう。


これが例えばアマリリスに対してなら、

非常識で身勝手で、ひとの気分を損ねることなど(自分に火の粉がかからない限り)屁とも思わない悪質な相手なら、彼も気を使わない。

むしろちょっとぐらい困らせてやれ、とさえ思う。


けれどひめゆりのように純真無垢で、妬み嫉みを持つことも、持たれることとも無縁のファーベルに、

心ない振る舞いを見せて、困惑させるようなことはしてはいけない気がする。


「いいカンジなんじゃない、オーブン。

すげー熱くなってる。

?何やってんの」


「うぅーん、うまく行かないなぁ。」


パイの準備はほぼ終わっていて、ファーベルは今、

蓋となる生地の上に、生地の切れはしを使って飾りの模様を作っているところだった。


覗き込むと、パイ生地の丸いキャンバスの上に描かれているのは、

ニコニコ顔の女の子と男の子の間に、ひまわりみたいな花と、ネコか犬か判別が難しい動物、空にはお日さま。


「センスないなー、わたし。

へったくそー。」


会心の出来ではないらしい。

いいじゃん食べれりゃ、一緒一緒、

というコメントはデリカシーに欠けるか。


「いいじゃんかわいくて。

ファーベルらしいよ。」


ファーベルはちょっと意外そうに、それから嬉しそうにでへへ、と笑った。


「ありがと、ヘリアン。

もーちょとゴーカにしたかったんだけどね、

いいよね、食べれば一緒一緒。」


この図案が豪華かそうでないか、上手いか下手か、

そういう感覚をどこで身に付けたのだろう、と不思議に思った。

しかしそれはファーベルをバカにしすぎってもんだろう。

ファーベルもずっとこんな荒野の一軒家で暮らしてるわけじゃない。

マグノリア市にいた頃に、周囲の創作や評価を見聞きして培われた感覚なのだろう。


そう思うと、ファーベルとファーベルの過去に、がぜん興味が湧いてきた。

その頃ファーベルはどんな子で、どんな友達がいて、どんな話をしていたのだろう。


「ぎゃーもうこんな時間。

どーしょ、晩ごはんのしたく全然してない」


パイ皿をオーブンの中に入れ、やれやれといったところでファーベルが慌てだした。


「いいじゃんそのパイで。」


「えー、だめだよぉ、

ごはんじゃないもん、お菓子だもん」


「大丈夫だって、平気平気・・・」



この時まだヘリアンサスは13歳、ファーベルに至っては12歳。


余りに幼く、人を愛する心など知るわけもなかったが、この頃の交流から、後年に続く二人の関係の素地は生まれていた。

臨海実験所を満たす安堵と充足は、ファーベルの純真さとは別に、彼女に対する少年の思いやりによって支えられていたのである。


「そういや、いつもならゴハンゴハンって騒ぐ人が、今日は静かだね。

姉ちゃん何してるんだろ?」


「ん?

お風呂。」


「まぁだ入ってんの!?」

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