第173話 アカシカ回遊考
獣の皮の衣に身を包み、深い雪を漕いで森に分け入り、ようやくオオカミたちを探し当てたアマリリスが見たものは、
一様に痩せこけ、痛々しくやつれた姿だった。
「どういうことなの?💢」
露骨な非難を含んだ、険しい表情でアマロックに詰め寄った。
「シカが来ない。
だから、食うものがない。」
もう少し気骨のある回答を期待していたが、アマロックはしれっと言い切った。
これ以上明確かつ簡潔には出来ないような説明に、何と切り返したものか、言葉に詰まる。
ついでにバカにされたような気分がするのは、被害妄想だろうか??
「シカが来ない、食べるものない、、、
いやいや、そういうこと聞いてんじゃなくてさ、
だったら何とかしなさいよ、こっちから探しに行くとか、別のエサ探すとか。
シカが来ないのはよくあったことじゃんよ。
ぼけっと指くわえてひもじい思いさせてるのは、どういうわけなのよ。」
「どういうわけかというとだね。
まずはおれの縄張と、アカシカの回遊の関係だが。」
アマロックは噛んで含めるような口調で説明をはじめた。
アマロックの率いる6頭の群は、オシヨロフを含む広大な原生林を縄張りとしている。
ちなみに彼らの縄張りに隣接して、海岸沿いに南北方向に、それぞれ別のオオカミの群が縄張りを構えており、西側の山地にもやはり1集団がいた。
アマロックの群を含め、少くとも海岸沿いの3つの群は、お互いの領土の境界をそれなりに順守している。
アマリリスの目には広大無辺の無人地帯だが、見えない線引きはあり、オオカミたちはそれぞれの縄張りの範囲内で狩猟を行っているのだ。
一方、アマロックたちの主要な獲物であるアカシカは、十数頭~数十頭の群れを作り、
海岸から山地帯まで、オオカミたちの縄張りとは無関係に、トワトワト脊梁山脈東側の広い範囲を不規則に回遊している。
固定の縄張りを持つオオカミから見ると、いつ、どの方角からシカの群がやってくるのか分からない。
同時に複数の群がやって来ることもあれば、数ヵ月にわたって全く現れないこともある。
また、縄張りといっても広大な領域であり、せっかくアカシカが入ってきても、
その時のオオカミたちがいる位置によっては、それと気がつかないこともあった。
トワトワト全体とか、より大きな視点から見れば、オオカミの頭数よりも、彼らの食物となるアカシカの頭数の方が遥かに多い。
けれどここオシヨロフ周辺の一地域に限定すれば、長期に渡って、びっくりするほど獲物がおらず、仔鹿一匹見かけない、ということも珍しくはない。
春の芽吹きや秋の実りと、ある一面では恵み深い異界の森の、過酷な別の一面だった。
ただしここまでは夏場も一緒。
現在オオカミたちを苦しめている窮乏には、これに加えて積雪期特有の事情があった。
ひとつには冬、東トワトワトでは、アカシカの数が夏場よりも少なくなるのだ。
深い雪に埋もれ、
アマロックたちが”渡り”で追っていった、夏を高地で過ごす群とは逆に、春に山を越えて東部にやってきて、晩秋、再び西部に戻って行くらしい。
そのため冬の東トワトワトには、夏場よりも2、3割程度、アカシカの群の絶対数が少くなる。
加えて深い雪は、アカシカ、オオカミ双方の脚を鈍らせ、両者が遭遇する確率を低める方向に働く。
当然、オオカミには不都合な話だ。
さらに悪いことに、夏場、シカがいない時期にオオカミたちの腹を満たしていた獲物、タルバガンを代表とする小動物の多くが、この時期には冬眠してしまうのだ。
主食のパイがあらかじめ大きく切り取られ、自分の皿に回ってくる回数が減り、副菜もカット、という三重苦が、夏場にはなかった厳しい窮乏の原因だった。
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