窮乏の森

第172話 地上の苦悩

雪に埋もれ、夏場よりも幾分浅くなった谷を、にわかに強い風が吹き抜ける。

粉雪が舞い上がり、渦を巻いて走り去っていった。

雪嵐ヴェーチェルの前兆かと思って、アマリリスはびくりとして空を見上げた。


相も変わらず、重苦しい灰色の雲に埋め尽くされた空。

眺めていたところで、これから吹雪くのか、晴れるのか、分かりようもない。

いったん天候の心配は忘れることにして、アマリリスは地上の苦悩に視線を戻した。


「なーんにもいないねぇ。。。」


10歩ほど離れたところにいるサンスポットに話しかけた。

雪上の黒オオカミは、匂いを探っているのか、やや頭を下げた姿勢で進んで行く。


彼の足元の雪面に、アマリリスの目から見て生き物の痕跡は全くない。

サンスポットも、何かを嗅ぎ当てて跡を辿っているという様子ではなく、

無色無臭の世界から何かを探り出そうとして、酷寒の乾燥した空気を、虚しく鼻腔に吸い込んでいる。


分厚い毛皮を通しても分かるほど浮き出た、あばら骨の間の溝が、一昨日よりも一層深くなったように思える。

黒い四肢が一歩ごとに、雪に深く沈む。

歩きにくかろう。

億劫そうに雪から脚を引き抜く動作の一つ一つが、ほんの僅かずつ、サンスポットに残る生命の熱を奪い続けていく。


アマリリスは眉間に皺を寄せて、生命のかけらもない冬の森を見回した。

深いため息をついて、サンスポットの後を進んだ。


ろくに腹の足しにもならない小動物の類いを別にすれば、彼はもう二週間近く、食物を得ていない。

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