第171話 何も生まれず、日の光も射さない世界

アマロックを見送って、外に出た。


昨夜の吹雪ヴェーチェルの後で、殺伐とした寒冷の世界が、さらに白く濃く塗り上げられている。

上空には重そうな雪雲がのしかかり、今も細かな雪が舞っていた。


ウィスタリアの言い伝えでは、カラカシス山脈の遥か北、巨大な断層によって大地は途切れ、

その更に北には、この世のはじめから終わりまで、冷たい霧と、雪と氷に閉ざされた、寒冷の世界があるという。


そこでは何も生まれず、日の光も射さず、

大断層を越えて、南の炎の国から降ってきた火の粉も、熱を点すことなく、立ち消えてしまう、

ということになっている。


そのような言い伝えを残した人が想像していたのは、きっとこんな世界だったのだろう。

あたしには、ムリだ。


室内着の上にクリプトメリアの外套を借りて羽織っていたが、時おり揺らぐ空気に吹かれるだけで、骨の芯まで寒さがにじみ、抑えようもない震えが襲ってきた。

完全装備の毛皮服に守られていなければ、とても外には出られない。


「じゃぁ、ね。

みんなによろしく。」


外套の前を重ね、両肩をぎゅっと抱き締めた。


「おう、ごちそうさま。」


「それを言うなら相手はファーベルでしょが。」


その短いやり取りで見送って、早々に建物の中に入るつもりだった。


けれど心に暗雲の差す感覚がして、どうにも拭えなかった。

ふたたび雪雲を見上げ、白一色の世界を見回した。


「ねぇ」


立ち去りかけていたアマロックを呼び止めた。


「うん?」


「みんなは元気?」


「言ったろ

かろうじて生きているよ」

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