第167話 カラカシス人の少年

何の獣の毛皮なのか、真っ黒い、荒い毛並みの毛皮外套を脱ぎながら、アマロックは居間の方に入っていった。


アマリリスもいつもなら、ヘリアンサスが厭がるのもお構いなしに、暖かな室内で着替えるところだが、さすがに今日はそうもいかない。

毛皮服を脱いだ後に身に付ける衣服一式を持って、一旦玄関脇の”事務所”に引っ込み、震えながら大急ぎで着替えた。


改めて居間に入ると、アマロックは彼の指定席である、ペチカ前のソファに悠々と寝そべり、

そのはす向かいには、ヘリアンサスがくつろげない様子で本を読んでいる。

アマリリスはヘリアンサスの隣、ペチカの側に座り、寒さにこわばった体が暖まるのを待った。

向かいのアマロックと目が合った。


「どうした、オオカミにでも出会ったような顔して。」


「・・・はぁ? 」


ラフレシアには、オオカミに出会うと、金縛りになり、口がきけなくなる、という迷信がある。

アマリリスはそんなことは知らず、何だか変なことを言うな、と思い、さっき見た人魚の魔族のことも思い出して、少し薄気味悪くなった。


しばらく沈黙が続いた後、


「ヘリアンサス。」


アマロックが鷹揚に呼び掛けるのを聞いて、アマリリスは少しびっくりした。


アマロックとヘリアンサス、この二人が今までに言葉を交わしたことがあったろうか?

お互い空気のように存在を無視しあっていて、てっきりアマロックは弟の名前も覚えてないんじゃないかと思っていた。


「あァ?」


ヘリアンサスが、ガラの悪い険を含んだ調子で応じ、アマリリスはまた少し意外に思った。

そうか、ヘリアンはアマロックのことが嫌いなのか。

考えてみれば、相手の存在を無視するというのは、魔族にしてみれば他意のない普通のことだが、人間の間では相手に対する最大の侮辱だ。


全く意に介さずにアマロックが言った。


「ファーベルが外で何かやってたぞ。

手伝ってやれ。」


ヘリアンサスはこれ以上ないくらい邪悪な顔でアマロックをにらみつけ、大きく舌打ちしてずかずかと居間を出ていった。

玄関のドアをバーンと叩きつける音が続いた。


このヘリアンをファーベルやクリプトメリアが見たらびっくりするだろうな、と思った。

ほとんどの場面ではとても優しく、素直なヘリアンサスだが、昔から、気に入らない相手にはすこぶる陰険で攻撃的だった。

そして、好意を持つ相手には、そういう姿を見せない。


そんなカラカシス人らしい二面性を知るのも、いまではアマリリスだけになってしまった。

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