第163話 狩猟者の思惑#2
オシヨロフ湾の狭い開口部では、両岸に反射された波によって海面はやや荒れていた。
そこを過ぎると、再び穏やかになり、カヌーはゆったりしたリズムで上下を繰り返した。
今日はまずまずの凪と言えそうだ。
カヌーに載せて運んできた”標的”を、海面に投じた。
漁網の標識などに使う
同じものが五つあり、回収しやすいように長めのロープで数珠繋ぎにしてある。
パドルを操って数十メートル離れ、カヌーの振動が収まるのを待ってライフルを取り上げる。
5つの標的の1つに狙いをつけた。
照準器の先で、標的の貝殻は、上下左右、大きくまた小刻みに、好き勝手に跳ね回っている。
カヌーを揺らす波、ブイを揺らす波、2つの波に意識を合わせ、それらを打ち消すように銃口の角度を補正する。
銃口と標的を結ぶ線から、
やがて照準は標的である白い小さな円盤の上で動かなくなり、かわって一面の雪雲の空と、見渡す限りの海原の世界がおののき、揺れはじめる。
息を止め、三つ数えて引き金を引いた。
弾丸は狙いを外れ、視差にして標的の幅の倍ほど左の位置に、小さな水柱が上がった。
無言で次弾を装填し、同じように狙いをつける。
やはり外れたが、1発目よりは近づいた。
3発目、弾丸は標的の右上の部分に当たり、貝殻の3分の1ほどを削った。
まだクリーンヒットとはいかない。
4発目は外れた。
5発目、やっと中央に命中し、貝殻は粉々に消し飛んだ。
その後も射撃を続け、全部の的を撃ち抜くと、近づいていって新しい的を取り付け、また離れて撃つ、
ということを繰り返すうち、狙撃の精度は、5射のうち概ね4回で標的を捉えるまでになった。
これ以上は、いくら練習しても成績は上がらない。
単調に思える波も、わずかなところまで全く一様ではなく、人間の運動神経は、それを完全に打ち消すことはできないのだ。
ブイを回収し、舟を回頭させた。
再びオシヨロフの関門を過ぎるあたりで、誰かにどこかから見られているような気がしたが、
周囲を見回しても、岩壁に波がせわしなく砕けるばかりで、動くものの姿はなかった。
今さらだが、ヘリアンサスも連れてきてやればよかったかも知れない。
退屈しているだろうし、事実上の保護者の立場でもあるのだ。
逗留の来客としてではなく、そういう接し方もしてゆくべきだろう。
本番の猟に出るときは、忘れずに誘ってやらねば。
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