第159話 きっとこの輝くひとひらに

三日三晩続いた雪嵐が上がり、久しぶりに太陽が顔を出した。

ぼんやりとした白い円盤のような冬の太陽、しかし薄闇に慣れた目には、煌々こうこうと眩しい輝きに映る。

陽が出たかわりに、とても寒い朝だった。


熊のような毛皮服、雪目防止の色眼鏡をかけ、足にはかんじき、という重装備で、アマリリスはよちよちと木立ちの中を進んでいった。


冬にも緑のトウヒの枝から、彼女が通りすぎるわずかな振動で雪が崩れ落ち、煙のように舞う。

それとは別に、光線の差し込む場所では、あたり一面に細かな光る微粒子が漂い、てんでばらばらにキラキラ輝いていた。


聞いたことがある。

雪ではなくて、大気中の水分が凍ってとても軽い結晶を作り、空中に漂い続けているのだ。

雪の精の化身、と呼ぶ人もいるらしい。

けれどもしそうなら、このどこか不吉なキラキラの感じからして、その正体は可愛らしい妖精とかではなく、誰かさんみたいによこしまな思惑おもわくを持ったあやかしの類だろう。

きっとこの輝くひとひらの一つ一つに、目には見えない小さな魔族が潜んでいて、目に映らないからこそ危険な氷の牙をいてケタケタ笑い、見るものを惑わそうとしているんだわ。。。



氷霧の漂う中をしばらく歩いてから、アマリリスは苛立たしげな溜息をついて立ち止まった。

ばかばかしい空想をしてみても、一向に気は紛れない。

まったく、かんじきというのは何でこんなに歩きにくいんだろう。


新雪は綿花の山のように柔らかく、アマリリスの足裏のサイズでは、体重を支えきれずに深く沈み込み、全く歩けないか、無理やり歩いたとしても恐ろしいほど体力を使う。

※断じてあたしが重いということじゃあない、雪が軽すぎるんだよと。

かんじきは広い面に分散してアマリリスの体重を支え、雪に沈まずに歩けるようにしてくれている。

便利な道具だと頭では分かっているのだが、自分の足を思い通りに運べない感覚には、一向に慣れなかった。


どうしよう。。

幻力マーヤーの森に行くつもりだったけど。


今いるのは、臨海実験所から湾の奥に向かって緩やかな坂を登った高台。

オシヨロフ岬の台地が、そのまま幻力マーヤーの森の地形に連なってゆくあたりだ。

いつもならここから尾根伝いに進むか、右手の浜の方に降りて、沢沿いを行く。


足元の小麦粉よりも軽い雪を、かんじきのつま先でもてあそびながらしばらく考えて、決めた。

今日は左に行ってみよう。


かにの前足の形のオシヨロフ半島は、今の向きで左手、つまり南側の岬の方が大きく、台地の高さも高い。

先端には、兜岩かぶといわの峰がそびえている。

臨海実験所から兜岩の方に行きたかったら、もっと手前の、イルメンスルトネリコのあたりに登り口のある坂か、

潮が引いている時なら、湾に沿って波打ち際を進み、途中で台地の上に登るつづら折りの急坂を使う。


けれどそれらの道はどちらも、蟹の爪の刃の側、つまりオシヨロフの内湾に面した場所を通る。

岬の外側の、外海に面したあたりは、これまであまり行ったことがなかった。


アマリリスは少しわくわくしながら、岬の尾根へと続くやや急な斜面を登りはじめた。

尾根を越えて半島の南の浜に下り、その先はそれから考えるとしよう。


岩によじ登るピリカのような不格好な足つきで、次第に急になる斜面を登って行くと、

かんじきが雪面で弾かれ、ところどころでずるっと滑るようになってきた。

吹雪ヴェーチェルに吹き固められて、雪が締まっているのだ。


アマリリスは試しに片足のかんじきを外し、力を込めて雪面を踏みしめた。

ブーツの底が、ほどよく雪に食い込む。

有り難いことに、かんじきなしで歩けそうだ。

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