第158話 優しい冬の夜

アマリリスの活動範囲を狭め、周囲を呆れさせるほどの惰眠だみんむさぼらせたのは、積雪と低温以外にも理由があった。

夏に彼女を惑わせた、いつまでも明るい夜と対照の、びっくりするような昼の短さである。


目が覚めると真っ暗で、早く起きすぎたのかと思ったら、時計は8時。

昼前と言ってもいいような時間になってようやく明るくなり、ファーベルが午後のお茶チャイを淹れてくれるころには、もう薄暗くなってくる。


年間の通算では、この惑星上のどの場所でも、日の当たっている時間は等しいはずだが、

この理不尽なまでの暗闇の冬を、いつまで経っても太陽の沈まない夏がつぐなっているとはとても言えない。

明るい時間がいくら長くても、その全てを利用できるわけではないのに対し、日没は強制的に昼間の活動時間を区切ってしまうのだ。


まだ薄暗い時間に臨海実験所を出て、とぼとぼと森を歩く。

すみれ色の雪原に、裸の木々のシルエットが並んでいる。

やがて、黒々とした鋼色の海の向こう、真東よりもかなり右にずれた方角から、やっと太陽が顔を見せる。

雲の底、波立つ海面、雪に覆われた丘に光が入り、太陽を向いた面だけは、燃えるようなあかつきに染まる。


それも束の間で、昇りはじめたばかりの、まだあかがね色の太陽は、雪雲の底を撫でたかと思うと、すぐに山の彼方へと落ちて行く。

こんな調子では、常に夕暮れが迫っているような雰囲気で、常に家路を気にしながら歩くようだった。


理不尽を嘆きながら、アマリリスは臨海実験所にもどり、長い夜、深い闇の夜の大半を寝て過ごした。



白夜のころは、やたらに色鮮やかな夢を、一晩中見続けていたような気がする。

今はこの闇の深さのぶんだけ、ぐっすりと眠ることができる。

夏の浅い眠りで消耗した体を、闇の覆いが保護し、回復させてくれているようだった。


夢も見ないで眠る幸せ、というものを、アマリリスは知ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る