第155話 アマリリスの巣窟
ペチカの屋根を這っていって脚を伸ばし、階段の踊り場を探る。
スリッパを爪先で引っ掛け、ふらりふらりと階段を降りていった。
『いやぁん、汗ぐっしょり。』
鎖骨の下の肌にぺったり貼りついた布地をつまんで剥がし、パタパタとあおいだ。
やけに頑なに真っ直ぐ雑誌を睨みつけたまま、ヘリアンサスが言った。
『ファーベルが言ってたじゃんか、昼間はダメだよ、って。』
『大丈夫。ギリいける。』
『ったく、知らないよー、ナントカの丸焼きになっちゃっても。』
寒冷地の冬、建物の中であっても、一日中暖房を絶やすことは出来ない。
睡眠中も例外ではなく、人工の熱がなかったら、とても寝てなどいられない寒さだ。
夏場の寝室にしていた2階の部屋にも勿論、スチーム式の暖房が備わっている。
しかしこの設備は、2階の4部屋全体を暖めるように出来ており、おまけにスチームを送る重油ボイラーは、一度火を落とすと再点火がかなり面倒で、
寝るときにしか使わない1、ないし2部屋を暖めるには、はなはだ不経済な面があった。
そこで、冬のはじめ、ファーベルに枕と毛布を持って移動するように指示された先が、何と一階居間のペチカの上。
二階へ上がる階段の踊り場から乗り移る、2メートル四方の岩盤が、三人の冬場のベッドだという。
ボイラー以上に点火が面倒で、暖まるのに時間がかかる、したがって冬じゅう火を絶やすことのないラフレシア式の暖炉の上で寝れば、
無駄な暖房を使う必要もないし、寝床はいつも乾いて暖かく、一石二鳥というわけだ。
しっかりもののファーベルらしい反面、几帳面な彼女にしてはずいぶん大胆な発想の節約術だと思ったが、
ラフレシアでは、ペチカの天井は、子供の寝床として一般的なスペースらしい。
(そう、コドモのね。)
火のついた暖炉の上で寝る、と聞くと、なにやら熱した鉄板の上で罪人を焼き殺したというような、大昔の残忍な処刑法を連想して、カラカシス人の二人はいい気分がしなかったが、実際はびっくりするほど快適だった。
比熱の高い岩石で組まれた重厚なペチカは、日中は力強く、それでいて熱すぎず心地よい輻射熱で部屋を暖める。
夕食前にくべる石炭を少し控えめにしておくと、床に入る頃、石組みの上に広げたマットと毛布の中は、ちょうどいいホカホカ具合になり、それが朝まで持続する。
朝になれば、ファーベルが新しい石炭を投入し、離れがたい温もりは、ハマムの微温浴室よりちょっときついぐらいの熱さに変わる。
しかし、寒がりのアマリリスはこのベッドがいたく気に入ってしまい、ヘリアンサスに言わせれば””一日28時間ぐらい””、着替えもせずにごろごろ寝続けている。
これまた少年の命名で、階段が出入り口、1階と2階の中間に位置するこの不思議な空間は、通称””アマリリスの巣””とまで揶揄されるようになった。
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