第152話 魂が震えないかね?

ストーブで熱せられたお湯を、クリプトメリアは実験用の漏斗ろうと濾紙ろしのコーヒーメーカーに注いでいた。

アマリリスは頬杖を突いてその様子を見ていた。


ウィスタリアではコーヒーというと、細かくいた粉を小鍋で煮出して作るものだった。

この国では、こんなひどいれかたではあるが、ドリップ式なのだ。

こんな時ふと、自分は外国人なのだな、と思う。


ここが自分の国だったら、きっと魔族語とか幻力マーヤーの話で頭を悩ましたりはしない。

それどころか、異界に行ってみようとも考えなかっただろう。


そしてこの感覚は、

ラフレシア語でも、母国語ウィスタリア語で説明しても、きっとほかの人には伝わらない。

魔族に限った話じゃなくて、『言語基体』とやらを共有している人間同士でも、こんなふうに分かり合えないことは結構多いんじゃないかしら??



二人の会話が途切れ、静かになった室内に、ガラス玉オルガンの奏でる旋律が流れていた。


「不自然な曲。。

これも生体旋律ですか?」


「そうとも。

不思議なものだ、単に自律的創出論によって並べられた音が、これほど美しい旋律になっているというのはね。」


前にも同じことを言ってたな。

今は、そこまで言う程か?という気がしてしまう。


「やっぱほら、生命の音楽だから。

魂揺さぶられちゃう感じなんじゃないすかね?」


「なるほど、そのせいかも知れんな。

実は、ガラス玉オルガンにも魂が入っているんだよ。」


休憩を終えて、演奏台のほうに戻って行きながら、クリプトメリアは言った。


「たましい。。。?」


「実際、初期のオルガンには、生きた人間の脳が使われていたと言う話だ。」


「うげっ、そうなの?」


「マギステル楽派の暗い歴史だ。

もちろん今はそんなことはなくて、人工的に作られた、人間の頭脳の、それもごく一部の機能を模倣する回路が埋め込まれているんだがね。

設計音符を可聴音へ、ないしその逆の変換を行う媒質として、人間の魂が必要になるのだよ。」


「・・・」


何だかヘンな感じだった。

生命は存在しないとかいうくせに、「たましい」だとか、もっと曖昧でとりとめもないものが、

生命を持たないオルガンに必要だったりする。


よほど、今度は”魂って何?”と聞いてみようかと思ったが、

さすがに何だか講義にも疲れてしまった。


曲が終わる。

風がぎ、木ずれや湖面のざわめきが消るように、旋律は静かになっていった。


「もう一つ解せないことがある。」


オルガンが完全に停止するのを待つ間に、クリプトメリアが言った。


「自然にはこれほど美しい旋律が、無尽蔵に転がっているというのに、

人間は何故わざわざこの上、人工の音楽を創作する必要があったのだろうとね。」


「え〜〜っ?

あたしはヤだ、悪いけど。

生体旋律ばっかじゃ飽きちゃう。

歌がなきゃ寂しいわ。」


「魂が震えないかね。」


「うん。」


「そうか、若さだのぉ。

生命の音楽も、枯れかけたじじいの魂には響くが、

もとより生命みなぎる、若い魂には物足りんというわけだ。」


二人はしばし顔を見合わせて笑った。

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