第151話 麒麟とキリンと幻力 と、、

””幻力マーヤーって、何なの?””


クリプトメリアの困ったような表情が、さらに根負けした感じの苦笑いになった。


「魔族語の次は幻力マーヤーとな。。。

バーリシュナお嬢さん、つくづくあなたの質問は難しい。


私の小さな知識をひけらかす前にだ、一つ断っておくと、

世の中で一般に使われている、そしておそらくあなたがイメージしている”幻力マーヤー”という言葉と、

私に説明できる学術上の”幻力マーヤー”とは、別のものだ。

これは、伝説の怪獣としての”麒麟”と、実在する哺乳綱偶蹄目の”キリン”の関係に似ている。


後者に接した人間が、思いつきで前者のイメージを当てはめてそう名づけただけであって、両者には何の関係もない。

同じことが、やれ魔族が山を持ち上げて移動させただの、海の底に都を作っただの、そういう伝説の超能力としての”幻力マーヤー”と、

現実世界の事象を指す言葉としての”幻力マーヤー”の関係について言える。

しかし厄介なのが、”麒麟”と”キリン”の場合ほどその実体が、そして伝説と現実の境界がはっきりしていないことだ。


幻力マーヤーとは、

魔族が、人間や他の動物に働きかけて、その行動に影響を及ぼす能力の総称、と定義されている。

その手法は、魔族そのものにも似て多様で、催眠術の原理で高等生物の脳に働きかけ、動作を操るものから、

対象のもっと直接的な生理機構を利用するものもある。


こういったこと、つまり生物が他の生物に働きかけて、自分に有益な行動を導き出す、といった例は特段に珍しいことではない。

ある種の寄生バエは、中間宿主であるアリを操って、最終宿主であるヒツジが好む牧草の上で、宿主もろとも自身が食われるのを待つように導く。

また別の種の病原体は、感染者に呼吸器疾患を発症させ、くしゃみ・咳といった運動によって、自身が効率的に拡散されるように仕向ける。

手法は様々であり、知能の有無が制約を課してもいない。


でありながら何故魔族に限って、実体の手法は様々な能力をひとまとめに”幻力マーヤー”と名付けたのかといえば、

魔族にはどうも、自分の生活圏にいる幅広い生物に対し、包括的で組織だった行動操作を行っている節がある。

他者を操ることが、彼らの生存の重大な基盤になっているのだ。


そのために行動操作の手法が著しく発達しているのと、何よりその対象に人間が含まれるために、人間からの関心を集めたんだろう。

おそらくこういう能力が誇張されて、超能力の幻力マーヤーの伝説に結びついたのだと思うがね。」


アマリリスは、すこしがっかりした思いで、クリプトメリアの説明を聴き終えた。


何だか、思ってたのと違う。

アマリリスもさすがに、幻力マーヤーが山を動かす系の超能力だとは思ってないし、そういうのがおとぎ話だってことはちゃんと分かっている。


けれどナントカがどうとかの総称、とか、そんなこじんまりと科学ちっくなものじゃなくて、

例えばあらゆる生命の原動力になる未知のエネルギー、とか、そういう壮大なものを期待していたのだけれど。


クリプトメリアは笑って言った。


「あいにく、既知のエネルギー以外は知られてはおらんな。


そしてこれは無粋を承知で言うのだが、”生命”も”エネルギー”も、もちろん幻力マーヤーも、人間本位の発明、我々人間の表現や計算の便宜のためにこしらえた言葉なのだよ。

生命活動とは、自己複製という、興味深いが特異ではない性質に還元される物質の振る舞いの呼び名であって、

生物とは、自律的創出論を設計原理として作り上げられた機械に他ならない存在だ。


エネルギーなどというものは実在しない、これもまた過言ではない。

実在するのは質量であり、速度であり、あるいは熱量であって、エネルギーとは、それらを相互に換算する便宜のために制度化された仮想通貨のようなものだ。


もちろん、これらは便利で、私達にとって馴染み深い概念だ。

”生命”という、広く普及した、無機物の世界にはない温かみも想起させる言葉を明日から廃止せい、などと言うつもりはないが、

そこに今知られている以上、何か特別なものがあるとは期待しない方がいいだろうね。」


そうかもしれない、ガチ勢の科学者が言うならきっとそうなんだろう。

その一方でアマロックが、クリプトメリアが描いて見せる、”自律的創出論で動く機械”という生命観を代表するアマロックが言うには、幻力マーヤーとは異界に住む生物が等しく持つ、人間には見えない何か、なのだ。


魔族だけではなく、動物だけでもなく、異界のあらゆる構成体が。

ここからして、”魔族の”としているクリプトメリアの話とはズレている。



二人は、別のものを語ってる?

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