第148話 魔族の言語#1

”人間は、魔族と会話することができない。”


アマリリスとしては、知りたいことを手っ取り早く聞ければそれでよかったのだが、

クリプトメリアはお茶にしようか、と言って実験棟の作法でティータイムの準備をはじめた。


ストーブの前の休憩スペースに場所を移し、アマリリスは今度は、丸焼けにならないような距離を取ってソファに腰掛けた。


「最初に断っておくとだな、バーリシュナお嬢さま

あなたの疑問に私が答えてあげられることは、実は多くはない、それも多分に表層的なことだ。


例えば生体旋律の成り立ちや働きについて、であれば、これまでに人類が得た理解と、

私のそう広いとも言えない専門分野の掛け合わせの範囲で、いかような視点でも、事細かにでも説明してあげられる。

しかし、専門外である魔族の言語については、どこぞの誰かが言っている説を、聞き知った範囲で、検証も抜きで伝えることしかできない。

それでもいいかね?」


「はいっ。」


わかったし、そういうの別にいいから。


クリプトメリアはコーヒーと一緒に、ストーブで炙ったハシバミの実を渡してくれた。

そしてアマリリスの忍耐を試すかのように、実に回りくどいところから話をはじめた。


「人間の言語は、ラフレシア語、ウィスタリア語と諸派あるものの、いずれも語彙や文法といった、外部化された規則の存在を前提にしている。

物には名前、つまり名詞があり、物の振る舞いや有り様を言い表す動詞や形容詞があり、それらの語順や活用を定めた文法がある、といった具合だ。

人間は会話に先だって、それら諸言語の規則を習得しておくことで、言語を用いて意思疏通を行うことができる。

私たちが今こうしているようにね。」


「はいはい。」


「ところが魔族の言語は違うらしい。


人間語との大きな違いとして、魔族の会話には、文法が存在しない。

一般名詞、固有名詞に関わらず、モノに名前を与えない。

形容詞・動詞といったその他の品詞も見当たらない。

人間語の場合には、個々の会話の外部で予め定められているそれらの符号や規則を、会話の中で規定して行く、と言われている。」


「・・・」


アマリリスは大きなみどりの目をぱちくりさせた。


「名前がない?? ブンポウが?」


「うむ。」


「イミ分かんない。

だってほら、何て言うか、、

そんなの、言葉じゃないじゃん。」


「同感だ。

けだし、そこが我々人間と魔族の違いなのだろう。


人間の言語は、普段何気なく話していると気付かないが、人間という生物に特化した、人間だけが操ることのできる言語だ。

私たちの脳には、”言語基体”という、人間に特有の器官があって、これが言語機能を司っている。

ものに名前を与え、文法ルールに従って文を構成し、

個の枠を越えて意志疎通できるのも、この言語基体のおかげ、すなわち人間という同一の表出型であればこそなのだ。


一方で魔族は知っての通り、多重表出型という事情のために、身体構造も知覚機能もまちまちな表出型の寄せ集めだ。

そのために、特定の表出型に依存しない言語方式を選択する必要があったのだろう、と考えられている。


もっともこれも、仮説の域を出んようだがね。

事実として分かっているのは、魔族の発する音声パターンが、個体ごとに、また、会話の相手ごとにも異なること、

そして全く初対面の魔族同士でも、顔馴染み同士と同じように意思疏通できるように見える、ということだ。


魔族の言語を調べている専門家も、はっきり言えることは、人間と魔族が意思疎通を行うことはできない、人間語と魔族語が相互に翻訳されるような日はこの先もやって来ない、ということだけのようだ。」


「えー、でもアマロックは話すじゃないですか。

ラフレシア語。」


「確かにそうだが、何だね、きみは魔族語の話をしとったんじゃないのかね。


あれがどうやって人間語を獲得したかは、以前説明したな。

魔族が自己組織化によって得た人間語と、彼ら本来の言語とは、全く別物だ。

もっと言えば、人間が話す人間語とも別物だ。


あれは言ってみれば鸚鵡オウムが人間の発声を真似て、言葉らしく聞こえるものをさえずるようなものなのだ。

どれだけ上手に真似たところで、鸚鵡が言語を用いたということにはならない。

それと同じだ。


アマロックが言葉を話すのも、拾い物の言語基体を操って、人間のふりをしているだけなのだよ。

鸚鵡よりは巧妙に振る舞っていることは認めるがね、

アマロックの話すラフレシア語の背景に、人間同士と同じように共感し合うことの出来る精神があるとか、

ましてやつの公明正大な本心を語っていると考えるのは、大きな間違いだ。」


「”アマロック”は?」


「む?」


「魔族に名前がないんなら、アマロックって名前は誰がどういう意味でつけたの?」

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